コラム

トランプ支持の強力なパワーの源は、白人を頂点とする米社会の「カースト制度」

2020年09月09日(水)17時00分

労働者階級の白人だけがトランプを支持しているのではない Carlos Barria-REUTERS

<本書の重要な指摘は、カースト最上層にいる者は制度を守るためなら何でもやるということ>

筆者はドナルド・トランプが共和党の予備選に出馬した2015年から接戦区のニューハンプシャー州などで大統領選を取材し、「トランプに熱狂する白人労働階級『ヒルビリー』の真実」といった記事で報告してきた。そして、2016年の大統領選挙で起こったことを『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)という本にまとめた。

得票数ではヒラリー・クリントンの6585万3625票 (48.0%)に対してトランプ6298万5106 票(45.9%)とクリントンのほうが多かったのにもかかわらず、選挙人制度によってトランプはクリントンに圧勝した。

クリントンが敗北した理由を多くの専門家が分析してきたが、特にリベラルの側から聞こえてくるのが、「白人労働者への配慮が足りなかった」、「(人種、ジェンダー、性的指向といった)アイデンティティー・ポリティクスをしすぎた」というものだ。メディアによってそのナラティブ(物語、語り手の見立て)が広まったせいか、アメリカに住んでいない日本人から「食べる余裕もないアメリカの貧困層にとって、民主党候補が重視するLGBTQ、人種差別、女性の人権などの問題は、はっきり言ってどうでもいい。経済格差が分断の原因だと認めないかぎりは、分断はなくならない」とソーシャルメディアでマンスプレイニングされたこともある。

そういったメディアのナラティブに対して、レベッカ・ソルニットは著書『それを、真の名で呼ぶならば』(邦訳・岩波書店刊)の「ミソジニーの標石」で反論している。アメリカでは男女どちらにも本人が自覚していないミソジニー(女性への嫌悪)があり、それが、リベラルを自称する男性も抱えている「ヒラリーには我慢ならない」という感情につながっている。それを認めるかわりに、彼らは別のもっともらしい理由を探してきたというものだ。

トランプを支える「裕福な白人」

筆者は1995年にアメリカに移住し、2003年から民主党と共和党の両方の大統領選の集会に参加して観察し、いろいろな立場の有権者から話を聞いてきた。だからこそ、「アメリカの白人労働者階級に食べる余裕ができたら、LGBTQ、人種差別、女性の人権などの問題を配慮することができる」という意見に同意することはできない。というのも、ウォール街の金融関係者や、企業の重役など、収入がアメリカのトップ1%以上に属する特権階級の白人には隠れトランプ支持者がかなりいるからだ。トランプの集会に行ったり、テレビの取材に応えたり、目につく場所でトランプを支持している多くは「白人労働者階級」かもしれない。だが、政治献金をして陰でトランプを支えているのは「裕福な白人」なのだ。

大統領に就任してからのトランプは、数え切れないほど多くの嘘をつき、スキャンダルを起こし、政府機関の専門家を侮辱し、下院で弾劾され、パンデミックの指揮に失敗して大量の死者を出し続け、憲法で保証されている市民の抗議活動を武装した政府職員に鎮圧させて状況を悪化させている。共和党が敵視してきたロシアや北朝鮮の独裁者に媚びを売り、捕虜になったり死んだりした兵士は「loser(負け犬)」で「sucker(騙されやすいばか)」だと言っていたことも明るみに出た。

これまでの大統領であれば、このうちたった1つのスキャンダルでも失脚しただろう。だが、トランプの支持率は以前とほとんど変わらない。これまでの大統領の支持率は、たとえばジョージ・W・ブッシュ元大統領のように80%台から40%台に上がったり下がったりするのが普通だった。けれども、トランプの場合は就任以来ずっと40%前後で、どんなスキャンダルがあっても低いままで安定している。

リチャード・ニクソンやビル・クリントンを含め、倫理的なスキャンダルを起こした大統領はこれまでにもいた。だが、これほど徹底して倫理観に欠ける大統領は、近年の歴史ではトランプ以外には考えもつかない。それなのに、婚前交渉を禁じて性教育も許さないほど厳格な「ファミリーバリュー(家庭重視)」を売り物にしているキリスト教保守派の指導者たちは、いまだにトランプを強く支持している。部外者にとっては、不思議でならない現象だ。

この現象を分析する記事や本をいくつか読んだが、その中でもっとも納得できたのが、イザベル・ウィルカーソンの『Caste: The Origins of Our Discontents』(カースト:アメリカの不満の源)だった。

<関連記事:トランプ当選を予測した大学教授が選んだ2020大統領選の勝者は?
<関連記事:「文化の盗用」は何が問題で、誰なら許されるのか? あるベストセラーが巻き起こした論争

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRBが3会合連続で0.25%利下げ、反対3票 緩

ビジネス

〔情報BOX〕パウエル米FRB議長の会見要旨

ビジネス

FRBに十分な利下げ余地、追加措置必要の可能性も=

ビジネス

米雇用コスト、第3四半期は前期比0.8%上昇 予想
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎の物体」の姿にSNS震撼...驚くべき「正体」とは?
  • 4
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 5
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 9
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 10
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story