コラム

ノーベル平和賞のヤジディ教徒の女性が、ISISの「性奴隷」にされた地獄の日々

2018年10月13日(土)16時00分

受賞後の取材でもムラドは笑顔を見せなかった(10月8日、米ワシントンのナショナル・プレス・クラブでの会見) Kevin Lamarque-REUTERS

<ISISに侵略されたイラク北部では、男性と老いた女性はすべて殺され、若い女性は人間ではない「性奴隷」として扱われた>

2018年のノーベル平和賞の受賞者は、コンゴの産婦人科医デニ・ムクウェゲとイラク北部出身の人権活動家ナディア・ムラドだった。「戦争や武力紛争の武器としての性暴力を撲滅するための努力」が2人の受賞の理由だ。

ムクウェゲ医師は、コンゴで暗殺未遂や脅迫にあいながらも何万人ものレイプや性暴力の被害者を治療してきた長年の功績が評価された。一方、25歳の若いムラドが評価されたのは、武力紛争の性暴力のサバイバーとしての「声をあげる勇気」だ。

ムラドが注目を集めるようになったのは、2015年12月の国連安全保障理事会でのスピーチだった。過激派の「イスラム国(ISIS)」が少数民族ヤジディに対して行った集団虐殺と性暴力を調査し、公正な裁きと、現在もISISに拘束されたままのヤジディの救済を求めるものだった。このとき、ムラドはまだ22歳だった。そして、翌年に23歳で国連親善大使に就任した。これらの活動を援助したのが、人権弁護士のアマル・クルーニー(ジョージ・クルーニーの妻)だ。

アマル・クルーニーは、2017年11月に発売されたムラドの回想録『The Last Girl(最後の少女)』で「まえがき」も寄稿している。この回想録を読むと、ムラドが訴えたいヤジディ教徒の悲惨な状況が理解できる。

まず、イラクの主要民族はアラブ人とクルド人で、大多数がアラブ人だ。そして、宗教では9割以上がイスラム教(シーア派、スンニ派)である。外務省のデータによると、アラブ人のシーア派は約6割でスンニ派は約2割。そして、クルド人の大部分がスンニ派である。宗教少数派にキリスト教、ヒンドゥー教などもあるが非常に少ない。

ムラドは、イラク北部のシンジャール山に近いコチョ(Kocho)という農村で生まれ育った。この村に住むのはヤジディという少数民族で、独自の宗教を信じる宗教マイノリティでもある。イスラム教、キリスト教、ゾロアスター教など多くの宗教が混じり合ったようなヤジディは、イスラム教徒が多いイラクでは「邪教」として冷遇されてきた。

しかし、2003年にアメリカ軍が始めたイラク戦争がこの地方のヤジディの生活を変えた。スンニ派のアラブ人だったサダム・フセイン大統領が失脚(裁判の末に処刑)すると、シンジャール地方を支配するのはアラブ人からクルド人に代わった。クルド人とアメリカ軍はこの地方に携帯電話の基地局を設置し、学校を建てた。アメリカ軍とヤジディとの関係は良好で、一時的に彼らの生活は劇的に改善した。

しかし、その状況は長続きしなかった。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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