コラム

トランプ暴露本『Fear』が伝える本当の恐怖、もう日本も傍観者ではいられない

2018年09月14日(金)19時10分

困り果てたコーンはマティス国防長官に相談した。ふだんは大統領を避けているマティスだが、危機感を抱いて「金正恩はわが国の国防にとって最も直接的な脅威です。私たちには同盟国としての韓国が必要なのです。貿易は無関係に感じるかもしれませんが、(実際は)それが中軸なのです」と大統領への説得を試みた。「韓国のためにやっているのではありません。韓国が助けてくれるから、私たちは韓国を助けているのですよ」と小学生に対するように噛み砕いて説明したのだが、結局トランプは自説に戻ってしまったのだった。

トランプは同盟国である韓国に対してこのような態度を取るのに、アメリカが歴史的に「脅威」とみなしているロシアや中国に対しては公然と親密さを語る。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領や中国の習近平国家主席など独裁的な指導者を尊敬しているだけでなく、まるで遠慮しているかのように決して悪口を言わないのだ。

日本の読者にとってたぶんショックなのは、ウッドワードの本では韓国と中国が非常に重要な役割を果たしているのに、日本についての記載が皆無に等しいことだろう。安倍首相の名前は参考文献リストにしか出てこない。つまり、トランプにとっては日本と安倍首相は話題にする必要がないほど軽い存在ということなのだ。

衝動的で予測不可能なトランプ大統領の言動を考慮すると、日本の存在が軽いことが良いのか悪いのかは不明だ。だが、ひとつだけはっきりしているのは、これまでのアメリカ大統領とは異なり、トランプは日本がアメリカの同盟国である事実など重視しないということだ。

また、大統領予備選で自分を真っ先に支持してくれたセッションズ司法長官など、これまで自分を援助してくれた者に対して手のひらを返したように悪口雑言を浴びせかけるトランプの姿を知れば、安倍首相がトランプ大統領を優遇しても見返りが期待できないことは明らかだ。日本が中国やロシアと対立した場合、習近平やプーチンとの友情を強調するトランプは、専門家のアドバイザーが何を進言しても中国やロシア側につく可能性が高い。

トランプが重視するのは、アメリカ国家と国民にとっての利益ではなく、自分の利益とイメージだけだ。また、そのときの気分で判断を変えるので予測不能だ。

「感情が高ぶった、気まぐれで予測不能な指導者の言動に縛られていたというのが、2017年のアメリカ合衆国の現実だった。大統領の最も危険な衝動だと思われるもののいくつかを、スタッフたちが協力して意図的にブロックした。世界で最もパワフルな国の行政権がノイローゼに陥った状態だった」とウッドワードは書く。

「トランプは大統領にふさわしくない」ということは、すでに多くのアメリカ国民が感じていたことだ。それをウッドワードの本は具体的に再確認してくれた。そして、国や世界に危機をもたらしかねない危険人物であることも。

この本に登場する多くの側近たちがすでに職を離れている。「逃げた」と言っても過言ではないだろう。彼らは逃げれば済むかもしれない。だが、アメリカや世界を衝動的な行動で奈落の底に突き落とそうとするトランプ大統領を止める者がいなくなったらどうなるのだろう?

日本も他人ごととして傍観してはいられなくなっている。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ソフトバンクG、米オハイオ州にAIデータセンター建

ワールド

米ウクライナ、ロシア欠席の2日間にわたる和平協議終

ワールド

イスラエル、レバノン南部の橋攻撃 国境付近の家屋破

ワールド

米財務長官、対イラン戦資金「十分」 増税否定 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 2
    「カメラの目の前」で起きた爆発の瞬間...取材中の記者に、イスラエル機がミサイル発射(レバノン)
  • 3
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 ──「成功」が招く自国防衛の弱体化
  • 4
    スウェーデン次期女王ヴィクトリア皇太子、陸軍訓練…
  • 5
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    人気セレブの「問題ビデオ」拡散を受け、出演する米…
  • 8
    「胸元を強調しすぎ...」 米セレブ、「目のやり場に…
  • 9
    「筋力の正体」は筋肉ではない...ストロングマンが語…
  • 10
    BTSカムバック公演で光化門に26万人、ソウル中心部の…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 4
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 6
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 9
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 10
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story