コラム

男女の力関係が逆転したら世界はどうなるのか?

2018年03月07日(水)18時40分

現実社会では、肉体的に男性が女性を圧倒することができる。だが、この小説では、新しく得たパワーのおかげで女性が男性を肉体的に圧倒することができるようになる。

パワーのおかげで社会の男女の権限も変化する。

政情が不安定なある国で残虐な女性が政権を握り、独裁者として男性の虐待を行うようになる。

電気刺激を与えられるパワーにより、女性は男性を虐待することもできるし、殺すこともできる。性交を拒否する男性に電気刺激を与えて勃起させることができるので、レイプもできるし、性奴隷にすることもできる。男の性奴隷の命は安いので、虐待して殺しても、利用する側には罪の意識はない。

男性は女性の保護者なしには外出も買い物も許されなくなる。単独で行動すると、食べることができなくなり、女性集団から襲われ、性的に陵辱されたり、殺されたりする。

「子孫を残すために男は必要だが、数が多い必要はない」と男性を間引きする案も女性から出るようになる。

読んでいると、その残酷さに目を覆いたくなるかもしれない。男性読者は嫌悪感を抱かずにはいられないだろう。だが、これらのことは、女性に対して実際に起こってきたことであり、現在でも起こっていることなのだ。

オーダーマンのThe Powerは、「女性が権力を得たら、もっと平和な世界になるのに」といった甘い理想論を語る小説ではない。

「レイプされるのは、襲われて抵抗しない女性が悪い」とか「女性が独り歩きをしていたら、襲われても当然」、「嫌だといいながら、本当は楽しんだのだろう」といった男性の言い分に対する、非常に直截的な返答だ。そういう男性に対して、「パワーが逆転したら、あなたはレイプされて殺されてもOKなのでしょうね?」と問い返している。

この小説で、パワーを持って暴走し始めた女性が行う行動は、非人道的で、残虐すぎるように思える。女性読者である私にとっても読むのがしんどい部分が多いが、男女を置き換えれば、これらは男性社会が女性に対して実際に行ってきたことなのだ。まったく誇張はない。

なぜ、男女を変えただけで、これほど残酷に感じるのだろうか? そこを読者は考えるべきなのだろう。

男性ジャーナリストのトゥンデが男性の独り歩きで恐怖を覚えるようになる心理状態や、罪のない若い男がパワーを持った残虐な女らに玩具にされて殺される描写を読んで、現実の世界で女性が体験していることを、少しでも想像してほしい。

本書は、オバマ大統領が2017年に読んだお薦め本リストのひとつでもある。この本を読んだだけでなく推薦本にしたところは、「さすがオバマ大統領」と思った。それは、2人の娘を持つ父親としての視点があるからだろう。

日本では、「男性への差別だ」と女性専用車両に入り込む男性がいたり、少女の太ももを性的に撮影した「太もも写真展」中止への反論をする男性がいるようだが、彼らは「安全に生きることが困難な性にとってのリアルな恐怖」が想像できないのだろう。だから、そういう人たちにこそ、ぜひ読んでもらいたい。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story