コラム

出版不況でもたくましいインディーズ出版社の生き残り術

2016年05月18日(水)16時40分

watanabe160518-03.jpg

ハイムバーガー・ハウス社長のドナルド・ハイムバーガー氏(筆者撮影)

 それでは、もっと小さな出版社はどうだろう?

 ハイムバーガー・ハウス(Heimburger House Publishing Company) という出版社の名前を聞いたことがある人はほとんどいないだろう。社長のドナルド・ハイムバーガー氏を含めて従業員5人、年商約1億円という、イリノイ州の小さな出版社だ。

 ハイムバーガーは、生き残りの最大の秘訣を「とても、とてもニッチであること」と強調した。彼のニッチ分野は「アメリカの鉄道」である。

 ハイムバーガーがこの「出版社」を始めたのは、14歳のときだった。鉄道と機関車マニアだった彼は、校長の許可を得て学校の印刷機を使い、機関車プラモデルの雑誌を作り、鉄道関係の雑誌の購読リストを入手してちゃんと販売もしていたという。大学卒業後には鉄道関係の本を出版し、出版社やシカゴ市の広報担当として働きながら、機関車プラモデルの会社も作った。だが、兼業では満足できる仕事ができないと悟り、35年ほど前から出版に専念した。

 ハイムバーガー・ハウスが、アメリカの鉄道に関する出版で業界トップの存在になったのは、ハイムバーガー自身が生粋の鉄道マニアであり、出版を始めてから42年の間、大切なファンであるマニアを満足させることを忘れなかったからだ。シカゴ・レビュー・プレスもそうだったが、インディーズにとって「とてもニッチであること」の自覚は重要なのである。

【参考記事】ソーシャルメディアはアメリカの少女たちから何を奪ったか

 そして、ハイムバーガー・ハウスも、出版社でありながら、ディストリビューター(取次業者)でもある。「鉄道に関する出版社」の代表的存在として、全米の書店、図書館、美術館と関係を持つハイムバーガーは、大手出版社が刊行した鉄道関係の本の取次もしている。

「経営サイズが小さいこと」や、「流行にとらわれず、何年も何十年も売れ続ける作品を作る」というのもシカゴ・レビュー・プレスとの共通点だった。

 ところで、市場の変化といえば、近年の出版のデジタル化が思い浮かぶ。それに関して質問したところ、ハイムバーガーは「実は我が社の出版物を電子書籍にして欲しいかどうか、カスタマー調査をしたことがあるんですよ。でも、驚くことに大多数が『紙媒体のままの方がいい』と答えたのです」と話していた。

 つまり、大手出版社を真似してはいけないということだ。それよりも、アーティストやマニアとしての情熱を維持しつつ、「大きくないこと」を最大限に利用できる実用的なビジネス感覚を持つこと。

 ハイムバーガーは「バランス感覚と、良いとこ取り」とまとめる。それがインディーズ出版社の生き残り術だ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

仏で緊縮財政抗議で大規模スト、80万人参加か 学校

ワールド

中国国防相、「弱肉強食」による分断回避へ世界的な結

ワールド

アングル:9月株安の経験則に変調、短期筋に買い余力

ビジネス

ロシュ、米バイオ企業を最大35億ドルで買収へ 肝臓
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story