コラム

アサド後の「真空地帯」──ISとアルカイダが舞い戻るシリアの現実

2025年08月07日(木)17時01分

イスラム国とアルカイダの戦略的動き

イスラム国は、シリアの不安定な治安状況を最大限に利用し、宗派間の対立を煽る戦略を展開している。サラヤ・アンサール・アル・スンナのようなグループは、HTSから分裂したと主張し、シャラア政権を批判しながら少数派への攻撃を扇動している。これにより、イスラム国は不満を抱く戦闘員や旧アサド政権の兵士をリクルートし、勢力を拡大している。


一方、アルカイダ系のフッラース・アル・ディンは、HTSの元メンバーと連携し、イドリブや沿岸部で新たな派閥を形成。指導者のサミール・ヒジャジやサミ・アル・アリディは、アルカイダのグローバルな指導部と連携しつつ、シリア国内での影響力を維持している。

国際社会の対応と海外邦人への影響

シリアの現状は、テロ組織の再活性化と地域の不安定化を防ぐための国際的な対応が必要であることを示している。HTSがアルカイダとの積極的な関係はないとの見方もあるが、戦術レベルの戦闘員や独立した派閥が過激派思想に影響される点は見逃せない。暫定政府がすべての武装勢力を統制下に置くことができなければ、テロ組織の活動はさらに活発化するだろう。

特に、外国戦闘員の動向は国際的な安全保障にとって深刻な脅威だ。中央アジア出身の戦闘員がアフガニスタンやアフリカへ移動する可能性は、地域を越えたテロのネットワークを強化するリスクを孕む。米国やトルコによる一部武装勢力の統合政策は、短期的には治安の安定化に寄与するかもしれないが、過激派の思想が軍内部に浸透する危険性も伴う。

また、シリア北東部のSDFがイスラム国の攻撃の主な標的となっている点も見逃せない。SDFは、米国やその同盟国と協力してイスラム国に対抗してきたが、トルコが支援するSNAとの対立や、HTSの影響力拡大により、その立場は一層複雑化している。国際社会は、SDFへの支援を継続しつつ、シリアの統治構造を安定させるための包括的な戦略を構築する必要がある。

アサド政権崩壊後のシリアは、イスラム国とアルカイダにとって新たな活動の場となり、宗派間対立やテロの脅威が再燃している。HTSを中心とする暫定政府は、統治の統一性を欠き、過激派思想を持つ派閥の統制に苦慮している。外国人戦闘員の動向や、テロ組織の国際的なネットワークの拡大は、シリア国内にとどまらないグローバルな安全保障の課題だ。

プロフィール

和田 大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO、清和大学講師(非常勤)。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として海外進出企業向けに政治リスクのコンサルティング業務に従事。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

インタビュー:経済対策、補正で20兆円必要 1月利

ワールド

ドイツ財務相「貿易競争には公正な条件が必要」、中独

ワールド

韓国、北朝鮮に軍事境界線に関する協議を提案

ビジネス

英生保ストレステスト、全社が最低資本要件クリア
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story