コラム

炎上時代にはびこる、あまりに軽薄な「させていただきます」表現

2021年10月14日(木)19時21分
石野シャハラン
ひらがな

MACXEVER/ISTOCK

<誰にも批判されないように、嫌われないように気遣い過ぎた結果がもたらした低姿勢すぎて弱々しい日本語の氾濫>

私の生まれた国イランの言葉の歴史は、紀元前のアケメネス朝の頃から続くペルシャ語(イランや欧米でファルスィと呼ばれる)と、イスラム教によってもたらされたアラビア語とのせめぎ合いの歴史である。

イスラム教寄りの政治体制の時代はアラビア語由来の言葉が増え、その時代の出生児は「アリ」や「ホセイン」などアラビア語の名前が多くなる。逆にイスラム教から距離を取った時代は、ペルシャ語由来の言葉が使われる。そんなイラン人が大事にしてきたのが『シャー・ナーメ』という叙事詩であり、この大作のおかげでペルシャ語はアラビア語にのみ込まれることなく生き延びてきた。

日本語も強い言葉だと思う。音は柔らかいが、強固に独自の道をたどってきた。この狭くなった世界でも、まだ外国語(主に英語)にほとんど侵食されておらず、世界でも難しい言語の1つだと言われる。もちろん古くは中国由来の漢語があり、最近はテクノロジー用語がどんどんカタカナの形で日本語に入ってきているが、それでも他の国と比べると英語の流入は少ない。それが日本人が英語を苦手とする要因の1つだという考えもある。

独自の言葉を守ることは大事なことだと思う。独自の言葉が廃れれば、独自の文化もまた廃れる。日本の先人たちも明治時代以降、きっとそう考えて外来語をそのまま使うことを良しとせず、新たに日本語を作って置き換えてきたはずだ。そういう努力があったからこそ日本語は強いし、日本の文化も風習も独特な位置を保っているのだろう。

奇妙な形で表れた日本語の独特さ

それでもここ数年、日本語を独特にしている要素が妙な形で目につくようになってきた。それは敬語や丁寧語、柔らかい言葉の乱用である。芸能人が「結婚させていただきました」「出演させていただきます」「頑張らせていただきたいと思います」などと発言しているのを皆さんも聞いたことがあるだろう。

このような言葉を聞くと、万が一にも批判を受けないよう、全方位に向けてこれ以上ない低姿勢で「発言させていただいている」ように、私には思えてしまう。

これは、どんな出来事も瞬時にSNSでシェアされて炎上の種となってしまう時代が生んだ日本語の話し方なのだろう。人気商売の皆さんが気の毒になるくらいだ。だいたい、結婚とは誰かに「させていただく」ものではなく、当人同士の自由であることは日本国憲法も保障している。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story