コラム

存続意義が問われるドイツの公共放送

2022年10月25日(火)12時45分

シュプレー川のほとりにあるベルリンの ARD Capital Studio CC BY-SA 4.0

<ドイツの公共放送局は、現在、その正統性において最大の危機を迎えている......>

公共放送の危機

ドイツの公共放送局は、長年にわたるインターネットやソーシャルメディアの影響下、その存続の意味が問われてきた。現在、その正統性において最大の危機を迎えている。視聴者からのクレーム、特にソーシャルネットワーク経由での批判は、これまで以上に多くなっている。「嘘つき報道」という非難の声は、公共番組の報道の質について多くの議論を生んでいる。

この議論は、公共放送局の編集チームによる誤報にとどまらず、公共放送に対する政治的影響や「政治の道具化」の疑いも含んでいる。さらに、政治家とジャーナリストが互いに依存し合う関係にあることや、ニュース報道における商業志向の強さや、公共放送のニュース内容にも疑念が生じている。こうしたことから公共放送には、その社会的機能の確認とともに、財源モデルについても圧力がかかっている。

しかし、公的資金で運営されるマスメディアが、民主主義と社会にとって重要であることを認識することは可能である。例えば、マスメディアが批判や統制の機能を果たさなくなった場合や、政治や社会に関連する話題を市民に知らせず、複雑な問題を市民に説明しなくなった場合、遅かれ早かれ、政治参加の低下、社会崩壊につながりかねない。

ベルリン・スキャンダル

2022年8月、ドイツの首都ベルリンおよびポツダムに本部を置く公共放送局であるベルリン=ブランデンブルク放送(ドイツ語: Rundfunk Berlin-Brandenburg, RBB)の局長であるパトリシア・シュレシンガーが、公費横領スキャンダルで辞任に追い込まれた。この事件は、ドイツの公共放送局の存亡をめぐる戦火に油を注いでいる。

シュレジンガーのスキャンダルは州検察の注目を集めた。RBBのトップが公費で雇った会社に私邸での高価なケータリングの費用を請求し、夫に有利となるコンサルタント契約を結ばせたとされるもので、このスキャンダルは、ポピュリスト政治家の批判を復活させるきっかけとなった。公共放送の過剰支出問題である。極右のポピュリスト政党、「ドイツのための選択肢(AfD)」は、このスキャンダルは公共放送が「改革不可能」であることを示しており、完全に廃止されるべきだと主張した。

ドイツの政権内での冷静な声も、放送局のスリム化を求めている。昨年、オラフ・ショルツ首相の連立政権のパートナーとなった自由民主党(FDP)は、公共テレビ・ラジオネットワークの数を減らすよう求める決議を採択した。しかし、この提案は政府の連立契約には入らず、ジャーナリスト組合からは「ポピュリズム」と批判された。

ドイツの公共放送の構図

ドイツには21のテレビチャンネルと83のラジオ局を含む多くの公共放送があり、主に各住民世帯や企業からの放送受信料を通じて資金が供給されている。ドイツでアパートを借りて住んだ場合、テレビやラジオを視聴する、しないに関わらず、月額18.36ユーロ(約2,691円)を支払うことが義務付けられており、これらは9つの公共放送局を持つドイツ公共放送連盟 (ARD)に年間80億ユーロ(約1兆1,744億円)以上の収入をもたらしている。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インドネシア中銀、ルピア圧力緩和へ金利据え置き 2

ビジネス

MS&AD、純利益予想を上方修正 損保子会社の引受

ワールド

アングル:日中対立激化、新たな円安の火種に 利上げ

ビジネス

農林中金の4ー9月期予想上振れ 通期据え置きも「特
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 10
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story