最新記事
ロシア

自軍の無駄死にもお構いなし──傭兵部隊ワグネル、比類なき残虐の理由とは?

BUILDING A CRUELTY BRAND

2023年4月18日(火)13時40分
ルシアン・スタイヤーノ・ダニエルズ(米コルゲート大学客員准教授、軍事史家)
ベロストロフスキー墓地

ウクライナで死んだワグネル兵士が眠るベロストロフスキー墓地 CELESTINO ARCEーNURPHOTO/GETTY IMAGES

<ウクライナ戦争で戦うロシアの民間軍事会社、敵にも味方にも容赦ない「国境なき軍隊」の正体は>

ウクライナやシリア、アフリカ諸国などで繰り広げられているロシアの軍事作戦に共通する特異性は、政府とのつながりはあるが正規軍とは異なる傭兵部隊を前面に押し出している点だ。最も悪名高いのは「民間軍事会社」を自称するワグネル。現在のウクライナだけでなく、シリアやコンゴ民主共和国などの紛争にも関与してきた。

しかも、その関与は大規模かつ組織的で、その存在を隠そうともしない。元傭兵でもあるアメリカの戦略学者ショーン・マクフェイトが言うには「ここまで公然と傭兵が使われた戦争は近代では例がない」。彼はまた、ワグネル指導部とロシア政府の関係は(近代的な契約関係ではなく)封建時代の騎士(領主)と配下の関係に似ているとみる。

そしてマクフェイトによれば、ワグネルとロシア正規軍との緊張関係は「中世」の時代に「騎士とその配下の者たち」の間にあった「昔ながらの反目」と大差ない。

だが、こうした見方はヨーロッパで常設軍が長い時間をかけて発展してきた経過を極度に単純化している。その過程では公的な軍隊と私兵が共存していたし、雇われ者が騎士となることもあった。14世紀の傭兵隊長ジョン・ホークウッドはローマ教皇やミラノ、フィレンツェなどの権力者に雇われる一方で、イタリア貴族の女性と結婚し、土地を与えられ、城を構え、イングランドとの外交交渉にも従事していた。

17世紀の封建時代には、領主が貴族に報酬を払い、代わりに戦闘部隊を率いさせていた。また兵士が立派な業績を上げれば貴族に引き立てられ、土地や称号、宮廷での地位を得ることもできた。

かつて傭兵隊長のアルブレヒト・フォン・バレンシュタインは神聖ローマ帝国への功績を認められ、爵位を授かった。ワグネルの部隊を率いるエフゲニー・プリゴジンの活動も、ロシア政府やロシア軍情報部の内部に深く食い込んでいる。

だが戦場にいるワグネルの戦闘員たちは、傭兵と正規軍の兵士の間に軋轢があるとは思っていないようだ。

ロイター通信は先頃、ワグネルの隊員としてウクライナ戦に参加し、捕虜となったロシア人5人へのインタビューを配信した。彼らの証言によれば、ワグネルの隊員にはロシア政府軍の出身者が多い(ちなみにマクフェイトも元は米軍に所属していた)。戦死した仲間を「祖国のため」に身をささげたと評する者もいた。

金儲けと愛国心が共存する

ワグネルの戦闘員も、17世紀の傭兵たちと同様、戦いは金儲けの手段であると同時に指導者への忠誠を示す行為でもあり、祖国のための愛国的な奉仕と見なしているようだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国と推定される無人機、15日に与那国と台湾間を通

ワールド

中国、ネット企業の独占規制強化へ ガイドライン案を

ワールド

台湾総統、中国は「大国にふさわしい行動を」 日本と

ビジネス

持続的・安定的な2%達成、緩和的状態が長く続くのも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中