最新記事

映画

『ドライブ・マイ・カー 』がアメリカの映画賞を総なめしているワケ

2022年1月21日(金)12時08分
猿渡由紀

『ドライブ・マイ・カー 』の快進撃が止まらない...... ([c] 2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会)

<数多の賞を制覇してきた濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー 』。2ヶ月後のアカデミー賞も、国際長編映画部門は当然のこと、作品部門の候補10本の中に入ると筆者は見ている...... >

『ドライブ・マイ・カー 』の快進撃が止まらない。昨年のカンヌ映画祭で脚本賞を受賞した濱口竜介監督によるこの映画は、ハリウッドでのアワードシーズンが本格化して以来、数多の賞を制覇してきた。ニューヨーク映画批評家サークルとロサンゼルス映画批評家協会からは、外国語映画部門ではなく、作品部門を獲得するという快挙まで成し遂げてみせている。さらに、その後に発表された全米批評家協会賞では、作品、監督、脚本、主演俳優の4部門を制覇したのだから、すごいことだ。

このまま行けば、肝心のアカデミー賞も、国際長編映画部門は当然のこと、作品部門の候補10本の中に入ると筆者は見ている。事実、1月14日段階での「The Hollywood Reporter」のオスカー予測でも、今作は作品部門のフロントランナー10本に食い込んでいる。

アメリカの「映画業界人」の心に響いている

このような快挙が続く中で、「フランスはともかく、アメリカでこんなにうけるとは思わなかった」という声を、日本の人から聞くようになった。ひとつ指摘しておくべきことは、この映画はアメリカ全土でうけているというより、アメリカの「映画業界人」にうけているということだ。つまり、映画の作り手の心に響いているのである。

事実、上映時間3時間のこの作品には、彼らを揺さぶる要素がいくつもある。まず、今作の主人公は、役者で演出家だ。そもそも、ハリウッドは、昔から今に至るまで、自分たちの世界を描く"業界もの"が好きで、これも広い意味でそのひとつと言える。そして今作では演技へのアプローチが描かれる。主人公は、セリフを完璧すぎるほど覚え込むまで、そこに感情を入れることをしないのだ。彼が雇った俳優たちがテーブルを囲んで脚本を読むシーンでも、彼はそれを徹底させている。

また、映画の初めのほうでは、彼の妻がセックスからインスピレーションを得てお話を語り始める情景が出てくる。さらに、彼はもう自分で演じることをしないと決めていたのだが、あらゆることを乗り越えた後、再び自分で舞台に立つことになる。

演技とは何なのか。どう挑むべきものなのか。クリエイティビティはどこから来るのか。さらに、作り手個人とその人が作る作品は、お互いにどのような影響を与え合うのか。そういったことが、じっくり時間をかける中で、静かに語られていくのだ。

「時間をかける」ことの意味

この「時間をかける」ということも、ポイントだ。もし、この話をアメリカで映画にしようとしたなら、3時間もかけることは、あり得ないだろう。最近では、スーパーヒーロー映画にも2時間半かそれ以上のものが増えてきたし、現在上映中の『ハウス・オブ・グッチ』も2時間40分ほどあるが、それは大人気シリーズだったり、大物スターがたくさん出ていたりするから許されること。有名スターが出ているわけでもないこの話ならば、おそらく1時間40分、あるいは1時間半程度でまとめられるはずだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国、ドイツ軍機にレーザー照射 独外務省が非難

ワールド

ネパール・中国国境で洪水、数十人が行方不明 橋流出

ビジネス

台湾輸出額、2カ月連続で過去最高更新 米関税巡り需

ビジネス

独裁国家との貿易拡大、EU存亡の脅威に=ECBブロ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    中国は台湾侵攻でロシアと連携する。習の一声でプー…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 9
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中