最新記事

映画

『ドライブ・マイ・カー 』がアメリカの映画賞を総なめしているワケ

2022年1月21日(金)12時08分
猿渡由紀

だが、そうすると、ありがちな話になってしまうだろう。普通ならば友達になるはずのないふたりが期せずして同じ車で時間を過ごすようになり、そのうちに絆が築かれていく、というパターンは、決して目新しいものではない。たとえば『ドライビング・ミス・デイジー』も、『グリーンブック』もそうだ。どちらもオスカー受賞作だし、それが悪いというわけではない。しかし『ドライブ・マイ・カー 』は、アメリカの映画の時間感覚の「常識」を気にかけもせず、堂々と、ゆっくりと語る。そのため、観客はリアルタイムで登場人物たちを見つめているような気持ちになり、だからこそふたりの関係が少しずつ変化していくことにリアリティを感じる。

そして、これがまた退屈ではないのだ。それもまた業界人にショックを与える大きなポイントと言える。ハリウッドのフィルムメーカーは、しばしば「観客は自分たちが思うより頭が良い。観客を信じるべきだ」と言うものの、その一方では、次々何かが起こっていないと観客は飽きてしまうという恐れを持っていたりもする。だが、濱口監督は今作で、完全に観客を信じている。その勇気、大胆さ、芸術家としての妥協のなさに、同じく映画を作る人たち、あるいは映画を作る人たちをずっと見てきた人たち(批評家)は、感嘆せざるを得ないのだ。

やはり映画館で見なければならない映画

ただ、そんなこの映画の良さをわかるためには、やはり映画館で見なければならないと思う。アワードシーズン中、投票者は、送られてくる視聴リンクで作品を見ることが多いが、この映画の場合はとくに、3時間もあることから、家で見たら一旦停止を何度かしてしまうかもしれない。そうすると、リアルタイムで登場人物たちと一緒にいるという感覚が薄れてしまう。

賞の投票権を持つ筆者の友人にも、まだ今作を見ていない人が何人かいて、「見たほうがいい?」と聞かれるが、筆者は必ず「リンクではなくて、劇場で見たほうがいい」と勧めるようにしている。そこはかなり大事だと思うのだ。2ヶ月後に迫ったアカデミー賞の作品部門で大健闘できるかどうかには、「劇場で、最初から最後まで席に座って見るか」という、この基本的なところが、結構関係してくるのではないだろうか。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

仏大統領が訪中へ、脅威に対処しつつ技術へのアクセス

ワールド

アングル:トランプ政権のAIインフラ振興施策、岩盤

ビジネス

中国万科の債券価格が下落、1年間の償還猶予要請報道

ビジネス

午前の日経平均は反発、大幅安の反動 ハイテク株の一
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 9
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中