最新記事

ヘルス

トイレの水が集まる下水の調査が、コロナ感染拡大の防止に有効

Wastewater Monitoring Is Here

2021年10月22日(金)20時07分
ロルフ・ハルデン(アリゾナ州立大学環境工学教授)

私が率いる非営利事業、アリゾナ州立大学(ASU)財団傘下の「ワンウオーター・ワンヘルス」は、全米諸州で下水疫学調査による新型コロナの感染状況のモニタリングを支援している。保健サービスが手薄な地域でも調査が実施され、先住民やヒスパニックのコミュニティーでのクラスターの発生を防げた。

こうした非営利の活動に加え、ASUの私の研究室からはベンチャー企業アクアビタスも生まれた。下水の分析装置や検出方法などを提供する会社で、自治体や企業から引き合いが殺到している。

アクアビタスは米政府の委託で全米の100超の都市、ざっと4000万人の住民を対象に新型コロナの感染状況をモニターする大規模な下水疫学調査の第1段階を完了したばかりだ。次のステップとして、アメリカで新型コロナの変異株がどこからどう広がるかを調べるため、ウイルスの遺伝子解析を行うことになっている。

下水疫学調査の法的・倫理的な基準作りはまだ始まったばかりだ。集団を対象にしたモニタリングと個人の監視の線引きは重要だが、これが意外に難しい。1人の人間が排出したカフェインやストレスホルモンなどありきたりのバイオマーカー(生体指標)は数人の排泄物と混ぜるだけで、排出した個人を特定できなくなる。

だが、CT検査などのために造影剤を飲んでいたり、知らないうちに放射性物質を体内に取り込んでいたりすれば話は別だ。下水の流れをたどることで、ある地域から別の地域へのその人の移動ルートが分かる。

排泄物が再び人の口に入る可能性はある

個人情報のダダ漏れもさることながら、誰もが不安に思うのは、地域の住民が排泄した化学物質が回り回って再び飲み水に入る可能性だ。人々が排泄した成分が下水に流れ、環境中を循環して再び口に入る──そんな悪夢の無限ループはあり得るのか。

残念ながら答えはイエスだ。例えば人工甘味料のスクラロース。コーヒーや紅茶にたっぷり入れても太る心配はない。なぜならあなたもあなたの腸内にいる細菌も、ショ糖に3重の塩素化処理を施したこの甘味料を消化できないからだ。あいにくと下水処理施設の微生物もこれを分解できない。そのため回り回って飲料水に入ってしまう。

新型コロナの経験から、下水疫学調査は強力な公衆衛生ツールであり、使わない手はないことが分かった。今では世界中の多くの自治体がこれを活用している。それもそのはず。責任を持って慎重に行えば、下水調査はあなたやあなたの家族を含め地域住民の健康を守る強力なツールになるからだ。しかも収集・分析されるデータは極めて匿名性が高く、個人の特定はほぼ不可能だ。

だから、どうぞ心置きなくトイレの水を流してほしい。それとともに口に放り込む物にちょっとだけ注意してほしい。私たちが排出した化合物の一部は回り回ってまた私たちの口に入るのだから。

©2021 The Slate Group

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化

ビジネス

デジタルユーロ、大規模な混乱に備え必要=チポローネ

ビジネス

スウェーデン、食品の付加価値税を半減へ 景気刺激へ

ワールド

アングル:中ロとの連帯示すインド、冷え込むトランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中