最新記事

ヘルス

トイレの水が集まる下水の調査が、コロナ感染拡大の防止に有効

Wastewater Monitoring Is Here

2021年10月22日(金)20時07分
ロルフ・ハルデン(アリゾナ州立大学環境工学教授)
下水道

ILLUSTRATION BY NATALIE MATTHEWS-RAMOーSLATE

<データの匿名性を担保する下水分析で、病原体や有害物質の広がりを把握。保健当局の早期介入のサポートに成功した例も>

筆者は過去20年近く、皆さんが排出するものを扱う仕事に携わってきた。公共の下水道から多数の住民が排出した下水を採取し、急いで研究室に持ち帰り、有毒な化学物質や病原体などがないか分析する仕事だ。

主要な調査目的はアメリカで問題になっている鎮痛薬オピオイド乱用の広がりと、新型コロナウイルスの感染状況を把握することだった。その過程で私たちは地域の保健当局が活用できるよう、この2つを扱った世界初のオープンアクセスのデジタルダッシュボード(データの一覧表示ツール)を作成した。

私たちの調査はメディアにも取り上げられ、人々の健康増進に役立ってきた。筆者は連邦議会に招かれ、下水の生化学について議員たちにレクチャーする機会も与えられた。

実質的な成果もある。下水疫学調査の結果を基にして、2017年にはアメリカで販売されている2000点超のパーソナルケア製品に含まれていた有害な抗菌薬が禁止された。

一方で、私たちが絶えず自分の胸に問うべき問題がある。採取が許されるのはどんな情報か。データの匿名性を担保するには何人の排泄物をまとめて採取すべきなのか。そもそも下水データは誰のものか。

何であれ強力なツールは両刃の剣だ。使い方しだいで便利にも危険にもなる。下水疫学調査も例外ではない。うまくいけば致死性の病原体をたたくのに役立つが、下手をすれば地域の中の弱者たたきに手を貸すことにもなる。

私たち研究者は強力なツールを適切に使うための正規の訓練を受けていない。何が適切かを決定するプロセスは私たちが扱う下水のようにドロドロによどみ、その道筋は曲がりくねっている。

排泄物で健康チェックは古代ローマでも

とはいえ排泄物を調べて健康状態を把握する試みは古くからある。古代エジプトと古代ローマの医者は患者の体液の臭いをかいで病気を診断し、治療を施していた。

ごく最近の例を挙げれば、イスラエルの保健当局は下水からポリオウイルスが検出されたことを受け、重症化しやすい子供などに早急にワクチン接種を実施。流行を未然に抑え込むことに成功した。

まず下水分析で地域住民の健康を脅かすものを検出し、それを受けて保健当局がワクチン接種などの対策を講じる──このワンツーパンチ方式は大いに有効だ。過去にも、そして今も、多くの人命が救われている。コロナ対策でもその威力は実証された。

地域住民の集団的な健康モニタリングは有効な上、コストも少なくて済む。しかも所得水準や医療保険加入の有無などに関係なく、誰もが恩恵を受けられる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米韓制服組トップ、地域安保「複雑で不安定」 米長官

ワールド

マレーシア首相、1.42億ドルの磁石工場でレアアー

ワールド

インドネシア、9月輸出入が増加 ともに予想上回る

ワールド

インド製造業PMI、10月改定値は59.2に上昇 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中