最新記事

ネット動画,

動画サイトの視聴で広がる集団疾患、世界の若年層で報告相次ぐ

2021年9月9日(木)18時45分
青葉やまと

チャンネルは22歳のツィンマーマン氏が、自身が長年向き合ってきたトゥレット症をテーマに、ユーモアを交えながら包み隠さず打ち明ける内容となっている。収録中もツィンマーマン氏はランダムなワードや「お前は醜い」という侮辱的なことばなどを突如叫び、その様子を隠すことなく公開している。

前掲の14歳少女の例などを追っていたイギリスの研究チームも同様に、動画サイトが媒介している可能性を指摘している。BMJ誌掲載の論文のなかでチームは、こうしたインフルエンサーの動画を共有するようTikTokなどのサイトがユーザーに(結果的に)促すしくみとなっており、これが症例拡大の一因になっている可能性があると分析している。

既知のトゥレット症候群と似ているが......

トゥレット症候群は神経発達症の一種であり、本人の意思とは無関係に突発的な行動を引き起こす。この症状を動画で公開しているインフルエンサーは、ツィンマーマン氏に留まらない。英タイムズ紙によると、イギリスのTikTokerであるエヴィー・メグ氏も同症と診断されている。

この疾患は動画サイトの一部視聴者にとって関心の高いトピックとなっており、病名がタグ付けされた動画はTikTok上だけで計25億回再生されている。発症者が投稿者側に回ることもあり、冒頭で触れたイギリスの14歳少女もチックの発現後に自身の動画をTikTokで公開している。

昨年から広まっている症状がこのトゥレット症によるものであれば、何も新しい現象ではない。従来から若者全体の1%ほどがこの疾患に苦しめられており、決して稀な症例ではない。おおむね10代前半に症状が顕著になり、成年期までには落ち着きをみせる。9割方は運動チックとよばれる突然の行動のみを示すが、1割では音声チックとよばれる非礼なことばを吐くケースがある。視聴した若者たちが示す症状も、一見これによく似ているかに思われる。

ところが、25年来トゥレット症の患者を診てきたハノーファー医大のキルステン・ミュラー=ヴァール医師は、視聴者側が新たに罹患したのは神経性のトゥレット症ではなく、心因性の新たな疾患であると指摘する。ミュラー=ヴァール医師はWIRED誌に対し、一部の人々に心理療法による改善がみられたことなどを挙げ、神経に起因するトゥレット症とは別物であるとの見解を示している。また、トゥレット症が数ヶ月単位で進行するのに対し、今回の疾患は数時間から数日で顕著な症状を現すようになる。

ハノーファー医大の研究チーム全体としても、ネット経由で広がる新しい事象だと位置付けているようだ。本件は既知の「集団心因性疾患(MSI)」の一種であるものの、既存のMSIの多くは物理的に同じ場所にいる集団内で伝播する。対する本件は、ネット越しに伝播する点が特徴的だ。チームはドイツの若者たちを巻き込んだのは「新型のMSI」であり、一連の事象はその「初のアウトブレイク」に該当すると分析している。

ステイホームで視聴時間が増大

このような症例は、パンデミックのなかで拡大傾向をみせている。従来なら学校で時間を過ごしていた子供と若者たちが動画サイト上で長い時間を過ごすようになり、チック症を題材とした動画に行きあたる可能性が必然的に高まっているためだ。

ハノーファー医大の医師たちは、「ソーシャル・メディア経由で伝染することから、もはや地域集団や学校内など特定の場所に限定されなくなっている。このため国を超えて大勢の若者たちが影響を受けており、健康と保険医療制度、そして社会全体に相当な影響を与えている」と懸念を示す。

前向きな観点としては、従来なら罹患者にとって不利だったであろう症状がネット上で強みに転じており、人々の感覚が個性を受け入れる方向にシフトしているとも捉えられるだろう。ツィンマーマン氏の動画の熱心な視聴者のなかには、以前からチック症を抱えている若者も多い。こうした人々がオンラインのコミュニティを通じ、悩みを分かち合える場として機能していることは確かだ。

その一方で、視聴後に病院を受診する若者たちが増えているなど、新たな症状に苦しむ人々を生んでいることもまた事実だ。現状での対応策としては、視聴者側でこのような事実を認識し、自身の年齢層などに応じて視聴の是非を注意深く判断することに留まりそうだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中