最新記事

香港

香港よ、変わり果てたあなたを憂いて

A BESMIRCHED ORIENTAL PEARL

2021年7月21日(水)18時47分
阿古智子(東京大学大学院教授)
香港,中国

未来はどこに? 九龍半島のビーコンヒル山頂からビクトリアハーバーを眺める少年 Chan Long Hei for Newsweek Japan

<活力と多様性と自由が失われ、市民と警察が憎しみ合う、監視都市・香港に希望は残されているのか>

7月1日、北京の天安門広場で華々しく開かれた中国共産党建党100周年の祝賀大会。習近平(シー・チンピン)総書記(国家主席)は1時間以上も演説し、「中華民族の偉大な復興」のために党と人民が奮闘し、列強に支配された「半植民地」から世界第2位の経済大国へと上り詰めたと強調した。さらに80回以上も「人民」という言葉を使い、「歴史と人民が中国共産党を選んだ」と述べた。

中国の憲法は、中国は「労働者階級が主導し、労農同盟を基礎とする」と規定している。人民とは労働者と農民であり、その敵である資本家階級を打倒するというのが中国共産党の正統な革命思想だ。

「われわれをいじめ、服従させ、奴隷にしようとする外国勢力を中国人民は許さない。妄想した者は14億の中国人民が血と肉で築いた鋼の長城にぶつかり血を流すことになる」

全ての中国人がこんなふうに団結し、外部の敵と闘う姿勢を示しているのか。習近平総書記、あなたが言う人民とはいったい誰なのか。


同じ日、返還から24年目を迎えた香港では、大規模なデモが行われないように、警察官1万人が動員され、中心部の公園が封鎖された。警察官は市民を呼び止めて持ち物を調べ、国旗を侮辱した疑いや、国家の分裂をあおるプラカードを持っていた疑いなどで19人を逮捕した。

規律ある香港警察は世界でも評価が高く、市民から信頼される存在だった。友人はこう話す。「警察官はデモ参加者を『ゴキブリ』と呼び、殺虫剤のようにして催涙スプレーを浴びせた。人々は警察官が近づくと恐れを感じ、彼らを『イヌ』と罵っている」

1日夜、銅鑼湾地区で警戒中の警察官が刃物で刺され重傷を負った。容疑者の男は自分の胸を刺して死亡した。警察が市民に横暴なやり方で圧力を加えることが常態化し、人々は警察を血の通った人間と見なくなっている。

翌2日、人々は白い花を持ち、悲しみを表そうとしたが、多くの花が警察官の手でゴミ箱に投げ捨てられた。こんなささやかな表現でさえ許されないというのか。

中国・香港政府は、国家安全維持法(国安法)で香港は安全になったと主張する。警察の暴力と言論統制で市民を抑え付け、もたらされたのは不気味な静けさだというのに。

国安法違反の密告を促す専用のホットラインが開設され、この1年で10万件以上の通報があったという。少々荒っぽいが、おおらかで包容力のあった香港があっという間に監視社会になった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

FRBの二大責務、双方に圧力=ジェファーソン副議長

ビジネス

一段の利下げに慎重、物価に上振れリスク=米ダラス連

ワールド

米政権、シカゴ向け資金21億ドル保留 政府閉鎖で民

ワールド

インド中銀総裁、経済の安定運営に自信 米関税や財政
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 3
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、Appleはなぜ「未来の素材」の使用をやめたのか?
  • 4
    MITの地球化学者の研究により「地球初の動物」が判明…
  • 5
    謎のドローン編隊がドイツの重要施設を偵察か──NATO…
  • 6
    「吐き気がする...」ニコラス・ケイジ主演、キリスト…
  • 7
    「テレビには映らない」大谷翔平――番記者だけが知る…
  • 8
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 9
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 10
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び…
  • 5
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 6
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 7
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 9
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 10
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中