最新記事

米社会

市民の「殺害事件」を繰り返すアメリカ警察は、どんな教育で生まれるのか

“ANYONE CAN KILL YOU AT ANY TIME”

2021年5月19日(水)11時57分
ローザ・ブルックス(ジョージタウン大学教授)

210525p50po_03.jpg

首都ワシントンの警察官候補生 AMANDA VOISARDーTHE WASHINGTON POST/GETTY IMAGES

ただし首都警察では、首絞めは禁じ手だった。被疑者が命を落とす例が多かったからだ。「(逮捕時に首を絞められて死亡し、大きなニュースになった)ニューヨークのエリック・ガーナーを覚えているだろ。首を絞めるのは禁止、厳禁だぞ」。フラナガンはそう言った。

すると、かつてニューヨーク市警にいたというウェンツが異議を唱えた。「それ、おかしいですよ。絞め技は正しく使えば、完璧に安全です。これは訓練でしょ。だったら、みんなに正しい絞め方を教えてください。それに、ガーナーは首を絞められて死んだんじゃない。死因は『体位性窒息』です」

フラナガンは動じない。「厳密に言えばそうだな。でもテレビでみんなが見たのは、ガーナーが絞め上げられて死んだ姿だ。体位性窒息についてはまた後で教えるが、とにかく絞め技は禁止。それがルールだ」

ところがウェンツは引き下がらない。「殺されるより、絞め技を使って罪に問われるほうがましだ」

それでも教官はどうにか自制心を保った。「いいか、ウェンツ。もし相手の首を絞めなきゃ殺されるような状況に追い込まれたら、やるなとは言わない。しかし警察のルールでは禁じられている。だから、手錠を掛けるときに抵抗されたからって首を絞めちゃいけない。いいな」

授業はそのまま「体位性窒息」の話になった。うつぶせにした相手の背中を膝や足で押さえて拘束することも首都警察の規則では禁止されている。長時間のうつぶせ、特に背中への加重を伴う行為は、もしも相手の心臓が弱かったり医学的な問題を抱えていた場合は、命取りになる可能性があるからだ。

警察にも「無事に家に帰る権利がある」

「容疑者と格闘しているときは戦いだ。相手の上に乗り、顔を泥の中に押し込むこともある。しかし......」と、フラナガンは続けた。「相手をコントロールしたら、すぐに解放しろ。うつぶせの状態を長く続けさせればそれだけリスクが高まる」。実際、この授業の4年後にはジョージ・フロイドが警官に膝で首を圧迫され、そのまま窒息して死んだ。

ウェンツはまた何か言いたそうだったが、教官が制止した。「首絞めと同じだ、うちの規則では許されていない。そこは理解しろ。だが生きるか死ぬかの状況だったら? 君が一人きりで、まだ手錠を掛ける前で、相手が君よりずっと大きく、圧力を弱めた瞬間に反撃してきたら? そのときは君にも、無事に仕事を終えて家に帰る権利がある」

ウェンツは満足し、うなずいた。「だが忘れるな」と、教官は続けた。「それでも君には、組織の規律を破った理由の説明が求められる」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、零細事業者への関税適用免除を否定 大

ビジネス

加藤財務相、為替はベセント米財務長官との間で協議 

ワールド

トランプ米大統領、2日に26年度予算公表=ホワイト

ビジネス

米シティ、ライトハイザー元通商代表をシニアアドバイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中