最新記事

北朝鮮

北朝鮮の超エリート学院でコロナ感染、「赤い貴族」少年が集団死していた

2021年5月6日(木)19時01分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載
万景台革命学院を訪問した金正恩(2017年)

万景台革命学院を訪問した金正恩(2017年) KCNA -REUTERS

<エリート養成機関の万景台革命学院で高熱や咳、呼吸困難などの症状を訴える生徒が続出。12人が死亡していた>

抗日パルチザンの子孫など、特権層の子女だけが入学を許される北朝鮮のエリート養成機関の万景台(マンギョンデ)革命学院。康盤石(カン・バンソク)革命学院などと並び、「金氏王朝」とも呼ばれる北朝鮮の現体制を支える「赤い貴族」のためだけに存在する教育機関だ。

朝鮮人民軍の所属だけあって軍隊式の教育が行われ、卒業後は軍の軍官(将校)として任官し、退役後には最高学府の金日成総合大学への入学推薦が得られる。この学校の存在は、万民が平等であるはずの北朝鮮が、実は徹底した階級社会であることの証左でもある。

その入学試験を巡って、黒いカネが飛び交うところも、今の北朝鮮を表している。

(参考記事:女性少尉に「性上納」を強い続けた、金正恩「赤い貴族」の非道ぶり

そんな学校で昨秋、新型コロナウイルスのクラスターが発生したことが、今になって明らかになった。

デイリーNKの内部情報筋によると、クラスター発生の事実は、4月初めに行われた人民軍党(朝鮮労働党朝鮮人民軍委員会)の総会で報告された。

万景台革命学院は、昨年10月10日に開催された軍事パレードに生徒を参加させるために、昨年5月から生徒に練習をさせていた。そんな最中の同年9月、高熱、咳、呼吸困難、下痢、喀血など新型コロナウイルス感染を疑わせる症状を見せ、倒れる生徒が続出した。結局、基礎疾患を抱える生徒を中心に12人が死亡した。

コロナ感染との見方が既成事実に

学院側は、軍事パレードの練習のために充分に睡眠時間が確保できず、免疫が低下して病気になったようだと、責任逃れを図った。死因は敗血症肺炎などとされているが、軍当局内ではコロナ感染によるものであったとの見方が既成事実となっているようだ。

今回の総会の総和(総括)では、「革命遺児女(抗日パルチザンの子孫)を集団死させたのは大事件だ、この事態を掌握、統制できなかった院長にも責任がある」「園児(生徒)が集団生活を行う万景台革命学院が伝染病の防疫にさらに徹底的に臨むべきなのに、重い欠陥が現れた」などと批判が提起された。

そしてオ・リョンテク院長に対して、少将から大佐に降格させる処分が下された。しかし、3ヶ月もすれば元に戻るだろうと、情報筋は見ている。

オ・ジェウォン初代院長の息子であるオ・リョンテク院長は、2012年1月に金正恩総書記が現地指導に訪れた際、1時間に渡って単独談話(案内)した人物で、そのときに「贈り物の星」、つまり階級を下賜された。

それにより大佐から少将に進級したが、受け取ったのが「贈り物の星」であったことから、実際には2階級特進の中将の待遇を受けてきた。

宴会自粛などの防疫方針も破っていた

クラスター発生の責任を取らされながらも、依然として院長の座に留まっている。また、金正恩氏から「父親から受け継ぎ、命の尽きる瞬間まで革命の後備隊の園児たちの責任を負う仕事を私とともにやろう」との言葉を直々にかけられたことから、3ヶ月ほどすれば元の少将の階級に戻されるだろうと、情報筋は見ている。

(参考記事:北朝鮮軍「コロナ隔離施設」で4000人死亡か

一方で、万景台革命学院内の病院長、後方副院長、死者を最も多く出した大隊の長と政治指導員は除隊させられ、学院から追放となった。

オ院長は宴会自粛、冠婚葬祭も減らせとの防疫方針が下された後にも、それを破って様々な行事に参加していたことがわかった。万景台革命学院の政治委員が高級レストランの清流館を2日間貸し切りにして、子どもの結婚式を行なったが、院長のみならず部下全員が参加した。院長はこれについても別途、党から処分を受け、政治委員は大佐から上佐に降格処分を受け、党から厳重警告を受けた。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中