最新記事

医療

食物アレルギーは「免疫療法」で克服できる時代へ

2021年3月17日(水)16時00分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
一般的なアレルゲンとなる食品

食物アレルギー予防では「アレルゲン回避」が広く定着しているが…… monticelllo/iStock.

<従来の「アレルゲン回避」ではなく、原因食品を少量づつ摂取することで体を正常な状態に戻していく「免疫療法」が確立されつつある>


偶然アレルゲンに触れてしまえば(わずかとはいえ)死の危険さえある不安な生活を運命づけられた人たちに、医学はあまりに無力だった。しかし、そんな時代はもはや過去のものとなった。アレルゲンを避けるしか選択肢がなかった時代、治療法がまったくわからず何もできなかった時代は過ぎ去った。(15ページ)

食物アレルギーは決して「不治の病」ではなく、誰でも克服し、その戦いに終止符を打つことができる──そう説く専門家が増えている。

その一人で、アレルギー喘息の予防と治療で世界的に知られるケアリー・ナドー博士(スタンフォード大学アレルギー・喘息研究センター長)が、食物アレルギーについての最新研究と情報を詳細にまとめたのが、スタンフォード大学発 食物アレルギー克服プログラム(スローン・バーネット共著、山田美明訳、CCCメディアハウス)だ。

食物アレルギーとは、ある食物を摂取したときに、体の免疫システムがそれを有害物だと誤認して引き起こす症状を言う。じんましんや肌のかゆみ、目のかゆみ、鼻づまり、せき、低血圧などの症状が起こり、時には体の様々な器官が同時に影響を受ける「アナフィラキシー」を起こすこともある。

そのため、アレルギーを避けるために特に幼い子どもにはピーナッツや小麦、卵などアレルギーを引き起こすような食べ物を与えないほうがいいという「アレルゲン回避」が約半世紀、世界中で共有されてきた。特に1980年代後半から90年代前半にかけて、アメリカでピーナツアレルギーによる子供の死亡例がセンセーショナルに報じられたこともこれに拍車をかけた。

しかし、その後の研究で「アレルゲン回避」が逆に食物アレルギーを増やしていることが専門家の間ではすでに認知されている。2010年にアメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)がアレルゲン回避には根拠がなく、食物アレルギーの予防にならないこと、そして2012年にアメリカ・アレルギー・喘息・免疫学会も「アレルゲン回避は時代遅れ」と発表している。しかし、アレルギー反応を起こすアレルゲンをあえて摂取することへの抵抗感は大きく、今でも「アレルゲン回避」はアレルギー対策・治療法として根強く広まっている。

免疫療法でシステムを再教育する

では、なぜ、「アレルゲン回避」が食物アレルギーを増やすのか? それはまだ脆弱な幼児期の免疫システムに食べ物という異物が無害であることを早めに教えることができないからだ。むしろ、生後早いうちから多くのアレルゲンに触れさせることで、さまざまなタンパク質が「アレルゲン」ではなく「食物」と見なす免疫システムに作ることができる。それによって、食物アレルギーを予防することができるのだ。

しかも、乳幼児だけでなく、すでに食物アレルギーを発症している人にも、形勢を逆転させる道ができた。それが「免疫療法」だ。アレルギーの原因となる食物を、ごくごく少量ずつ摂取していくことで、それを敵と見なさないよう免疫システムを再訓練する。ゆっくりと、だが確実に、体を正常な状態に戻していくことができるのだ(ちなみに日本では、年齢制限がありつつも、2014年からスギ花粉、2015年からダニアレルギーの「舌下免疫療法」が保険診療対象となっている)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CPI、4月は前年比+2.3%に鈍化 前月比0.

ワールド

ウクライナ大統領、プーチン氏との直接会談主張 明言

ビジネス

ソフトバンクG、1―3月期純利益5171億円 通期

ビジネス

日産、再建へ国内外の7工場閉鎖 人員削減2万人に積
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映った「殺気」
  • 3
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王子との微笑ましい瞬間が拡散
  • 4
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 5
    「出直し」韓国大統領選で、与党の候補者選びが大分…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 8
    「がっかり」「私なら別れる」...マラソン大会で恋人…
  • 9
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 10
    ロシア艦船用レーダーシステム「ザスロン」に、ウク…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 7
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 8
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 9
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中