最新記事

イギリス

聞こえてきた英連合王国分裂の足音

2021年3月2日(火)14時45分
伊藤 さゆり(ニッセイ基礎研究所)
分裂の危機が迫る英連合王国の国旗(ユニオンジャック)

北アイルランド、スコットランドともに若年層ほど地位の見直しや独立を望む比率が高い fatido-iStock

<正式なEU離脱プロセスは完了したが、結果への強い不満から地位見直しや独立の機運が高まっている地域があることが世論調査によって分かった>

*この記事は、ニッセイ基礎研究所レポート(2021年2月25日付)からの転載です。

英国の欧州連合(EU)離脱のプロセスは、関税ゼロの自由貿易協定を柱とする貿易協力協定(TCA)の下、大きな混乱を引き起こすことなく完了した。

英国全体では、EU離脱のプロセスが完了しても、EUを巡る分断の構図は変わらず、離脱を後悔するブリグレット(Bregret=British[英国の]とregret[後悔]を組み合わせた造語)の高まりも見られない。2020年1月末の正式離脱後、世論調査では「EU離脱の決定は正しかったか、間違っていたか」1では「間違っていた」が平均6ポイント、「今、国民投票が行われた場合、どうするか」2では「残留」が平均4ポイント優位にある。しかし、「英国はEUに再加盟すべきか、EU圏外に留まるべきか」では、「圏外に留まるべき」が平均3ポイント優勢だ3(図表1)。

Nissei210302_Brexit1.jpg

一連の世論調査が示唆するのは、2016年国民投票で残留を支持し、今も残留が望ましいと考えている人々や、国民投票で離脱を支持したことを後悔していても、離脱という結果を覆すことまでは望んでいない人が一定割合いるということだろう。

しかし、EU離脱の結果に強い不満を抱き、覆そうという動きが、連合王国の分裂へと発展するリスクが高まっている地域がある。完全離脱と共に関税区域は英国、財の規制ではEUの単一市場に残留する特区的位置づけとなった北アイルランドと、2016年の国民投票で残留支持が62%と圧倒的多数を占めたスコットランドだ。

北アイルランドの特区化には、アイルランド国境の厳格な管理を回避し、英国の連合を重視するユニオニストとアイルランド統一を望むナショナリストの緊張の高まりを防ぐ目的があるが、これまでのところ上手く機能しているとは言い難い。グレートブリテン島からの物流に、通関手続きが必要となり、生鮮食品の出荷の遅延、不足が発生している。ユニオニストにとっては、特区化された恩恵よりも、完全離脱の犠牲となって英国から切り離された痛みを感じやすくなっている。

1998年の「ベルファスト合意」では、北アイルランドとアイルランド共和国の双方で民意が示された場合には統一を認め、統一後、北アイルランドがEUの一部になることで合意が成立している。

但し、投票が、向こう5年以内に実施される可能性は低い。アイルランド政府は2025年までの任期中の実施を否定、英国政府も同意している。北アイルランドでも、現時点で、早期の実施を主張している地域政党はない。

北アイルランドの地位見直しの機運は時間の経過とともに高まるだろう。英紙サンデー・タイムスの委託により連合王国を構成する4地域で実施した世論調査4では、北アイルランドの地位に関する住民投票(Border Poll)を実施した場合、「英国の一部」を支持する割合が46.8%と、「統一アイルランドの一部」の42.3%を上回る。しかし、18~44歳の年齢層では「統一アイルランドの一部」が47%で、「英国の一部」の46%を逆転する。5年以内に住民投票を「実施すべき」とする割合も50.7%で「すべきでない」の44.7%を上回った。さらに、10年以内に北アイルランドが独立し、アイルランドと統一する「可能性が高い」と見る割合は48%で、「可能性が低い」の44%を上回った。

────────────────
1 https://whatukthinks.org/EU/questions/in-highsight-do-you-think-britain-was-right-or-wrong-to-vote-to-leave-the-EU/
2 https://whatukthinks.org/EU/questions/if-a-second-EU-referendum-were-held-today-how-would-you-vote/
3 https://whatukthinks.org/EU/questions/should-the-united-kingdom-join-the-EUropean-union-or-stay-out-of-the-EUropean-union/
4 LT NI SUNDAY TIMES January 2021 - NI-Wide Poll(https://www.lucidtalk.co.uk/single-post/lt-ni-sunday-times-january-2021-state-of-the-uk-union-poll)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国による貿易調査、内容や影響精査し適切に対応=木

ビジネス

JDI、車載ディスプレーの事業分割を中止 一体的に

ビジネス

アングル:中東緊迫化、日銀は物価リスク警戒 難易度

ビジネス

独BMW、関税の影響で今年も減益へ 販売台数は横ば
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 2
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃に支持が広がるのか
  • 3
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車整備は収入増、公認会計士・税理士は収入減
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 6
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」…
  • 7
    「邪悪な魔女」はアメリカの歴史そのもの...歌と魔法…
  • 8
    イランがドバイ国際空港にドローン攻撃...爆発の瞬間…
  • 9
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 10
    ホルムズ封鎖で中国動く、イランと直接協議へ
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 6
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 7
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 8
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 9
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 10
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中