最新記事

ブレグジット

EU復帰はあり得ない──イギリスの将来を示すスイスの前例

We’re All Brexiteers Now

2021年1月23日(土)11時20分
ヨゼフ・ドベック(米外交政策研究所フェロー)

1992年のスイス国民投票で欧州経済地域加盟が否決された後、改めて賛意を示すデモ MONIQUE JACOTーGAMMAーRAPHO/GETTY IMAGES

<今後数十年でイギリス経済が受ける打撃と、EUに対する態度がどう変わるかは、1992年に加盟の道を自ら閉ざしたスイスを見れば分かる>

30年後のイギリス政治を想像してみよう。政府は二酸化炭素排出量実質ゼロを達成し、勝利を宣言しているかもしれない。議会はオートメーション化による大量失業に対処するため、最低所得保障を承認しているかもしれない。

だがブレグジット(イギリスのEU離脱)を果たしてから30年後のこの国で、EUへの復帰が議論されていることは、まずあり得ないだろう。

むしろ政治家は、誰がEUに対して最も強腰に出られるかを競っているはずだ。EU残留派は化石のような存在となり、イギリスは誰もがEU懐疑主義の国になっている。

なぜそう言えるのか。スイスを見れば分かるからだ。

スイスは1992年の国民投票で、有権者の50.3%が欧州経済地域(EEA)への参加に反対した。EUとの経済関係を続ける手段は、1972年に締結された古い自由貿易協定(FTA)しか残されていなかった。EU内の競合国に比べればEU市場へのアクセスは限られ、手続きは煩雑で費用もかかり、多くの輸出業者が競争力をそがれた。

その結果が10年に及ぶ低成長だ。競争力を求めた輸出業者は、生産拠点をEU加盟国に移した。1990年代初頭には不動産バブルの崩壊が招いた金融危機が、スイス経済に一層の打撃をもたらした。今では信じ難いが、1992〜2002年のスイスの成長率はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中で最低レベルだった。

保護主義とコロナの傷

当時のスイスと同じく今のイギリスも、バラ色とは言えない見通しに直面している。ブレグジットに際して最終的に合意された通商協定は、スイスが1972年に締結したFTAをわずかに発展させた程度のものだ。EUに輸出するイギリス企業は今後、生産拠点を徐々にEU加盟国へ移すことになるだろう。

しかもイギリス経済が受ける打撃は、1990年代のスイスより深刻なものになる可能性が高い。理由は3つある。

第1に1990年代以降に市場が拡大したことで、EUは保護主義を強めている。特に金融サービスについては規制を統一し、第三国の事業者を締め出した。今後はイギリスも「第三国」に含まれる。

第2に今のイギリス経済は、1990年代のスイス経済より脆弱だ。GDPに占める設備投資の割合は、イタリアと同レベル。生産性の向上率が横ばいなのも、低収入の仕事が多いのも、輸出部門が長年低迷しているのもそのためだ。イギリスは国内消費への依存度も、イタリアやスペインより高い。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

台湾、25年GDP予測を上方修正 ハイテク輸出好調

ワールド

香港GDP、第2四半期は前年比+3.1% 通年予測

ワールド

インドネシア大統領、26年予算提出 3年以内の財政

ワールド

米政権、年間の難民受け入れ上限4万人に 南アの白人
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化してしまった女性「衝撃の写真」にSNS爆笑「伝説級の事故」
  • 4
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 5
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 6
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 7
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 8
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 9
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 10
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 6
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 7
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中