最新記事

対談

【船橋洋一×國井修】日本のコロナ対策に足りない3つの要素

2021年1月7日(木)17時40分
澤田知洋(本誌編集部)

「安心」と「安全」のせめぎ合い

<船橋>2つ目はリスクコミュニケーションについて。国民の社会・経済生活が根こそぎパンデミックに脅かされたとき、どのように戦略を国民に伝えるのか、つまりリスクをどう評価し、どうコミュニケーションをとるのか、という問題だ。

特に「安心」と「安全」2つの概念が重要になる。2011年の福島第一原発の事故調査をAPIがやったときに明らかになったが、政治側が安心を重視するあまり、「最悪のシナリオを口にするだけで住民に不必要な不安を与える」として真正面からリスクの評価をしようとしないということがあった。

今回も政治家は「ロックダウン」と軽々に口に出してパニックを起こすと、東京都民が地方に逃げてスーパースプレッダー(多人数へと感染を広げる感染者)が大勢生まれる、と警戒していた。しかし科学者としては安全を重視して、きついことも言わざるを得ない。「最悪の場合42万人の犠牲者が出る」と示して国民の行動変容も迫ろうとしていた。

この安心と安全のせめぎ合いが難しい。両方とも必要で、基本的には科学者の言う安全を踏まえず、安心だけでやるのは極めて危ない。安心と安全を一体として捉えることがリスクコミュニケーションの重要なところだと痛感した。

隠すとかえって疑う

<國井>まさにその通りだと思う。広報やコミュニケーションは日本の場合、誰でもできると思われがちで、特に官公庁にはそのプロフェッショナルが少ない。欧米では医療ジャーナリストやコミュニケーションの専門家が多く、私が以前働いていた国連児童基金(ユニセフ)もそうした優秀な専門家を世界中から集めていた。今所属しているグローバルファンドでもピューリッツァー賞を受賞した元ニューヨーク・タイムズ記者が広報部長をやっていた。

韓国政府はMERS(中東呼吸器症候群)の流行で失敗してリスクコミュニケーションの担当官を新設した。台湾やシンガポールも専門的知見と政治的判断を融合させた明確なメッセージを首長や責任者が国民に直接伝え、リスクコミュニケーションの巧みさが際立っていた。日本は全体として、平時からコミュニケーション能力が諸外国に比較して劣るといわれるが、特に危機管理におけるその重要性、課題が示された。

重要なのはやはり情報の透明性とメッセージの明確さ。隠してしまうと国民はかえって疑ってしまい、政府は信頼を失う。何が既知で何が未知かを明確に示し、情報を出し切り、現時点でのベターな対策、そのロジックを明快に説明したほうが安心につながる。安心と安全のギャップをファクトとデータとロジックで埋めて、わかりやすく国民に説明することが重要で、それには感染症やリスクコミュニケーションの専門家との連携が重要だ。

途上国からも学ぶ必要

<船橋>3つめはテクノロジー。2019年12月に中国の武漢で新型コロナが確認された直後にはカナダのスタートアップ、ブルードットがビッグデータ解析で世界への感染拡大を予測して警告を発していた。こういう時代に、日本はデジタル・トランスフォーメーションとイノベーションの力を使えなかった。

さらに言うと、MERSやSARS(重症急性呼吸器症候群)のときの経験をアジアの近隣諸国から学ぶことも抜かっていた。中国や韓国などから学ぶリテラシーが日本は不足していると思う。この種のリテラシーギャップはこれからますます問題になってくるだろう。

<國井>コロナ禍ではまさに日本のテクノロジーが世界と比べて遅れているのを見せつけたかたちになった。周知のように現場は電話とファックスで対応していたし、永田町と霞が関のIT化の遅れもよく言われることだ。例えば今回日本は感染者や接触者の情報管理のため、「トップダウン」で新たなシステムを導入してしまった。報告書にもあるように、現場の負担や関連システムとの連係などを考慮せず開発したため混乱を招いた。かえって情報把握が遅れたとも聞いている。

最近はGAFAなどのIT企業もそうだが、まず簡単なベータ版を作ってサービスを動かし、ユーザーの意見を取り入れつつ進化させていく。そういった潮流を理解している人が企画・担当しなければならない。私の所属組織では発展途上国50カ国以上で保健医療情報システムの導入・拡大を支援しているが、高度で特殊なものは導入しない。用いるのは、簡易で操作しやすく、他のシステムとも連係できるオープンソースのシステムだ。

最近はアフリカのマサイ族もスマホを使うし、私が働いていたソマリアでも電子マネーを使っている。むしろ発展途上国のほうが既存のシステム、インフラがない分、デジタル・トランスフォーメーションは早いかもしれない。日本では既存のシステムが邪魔する部分はあるが、インドや台湾、韓国などでもデジタル・トランスフォーメーションは進んでおり諸外国からも学ぶ必要がある。

※対談後編(8日掲載予定)に続く:【緊急事態宣言】コロナ対策を拒む日本人の「正解主義」という病

ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で

ビジネス

NY外為市場=円急伸、財務相が介入示唆 NY連銀総
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中