最新記事

教育

6割が不詳・死亡などの「不安定進路」という人文系博士の苦悩

2020年10月22日(木)15時40分
舞田敏彦(教育社会学者)

文科省の原統計には、より細かい小専攻別のデータも出ている。人文科学は文学、史学、哲学、その他という下位専攻からなるが、小専攻別の不安定進路率を計算すると、もっとすさまじい数値になる。横軸に正規就職率、縦軸に不安定進路率をとった座標上に、33の小専攻(修了生50人以上)を配置すると<図2>のようになる。

data201022-chart02.jpg

横軸は光、縦軸は影の部分だ。右下には、需要があるとみられる理系専攻が多く位置している。一方、対極の左上には人文科学の3専攻が(文学、史学、哲学)が見事に並んでいる。

これら3専攻では、正規就職より不安定進路がずっと多い(斜線の均等線より上)。史学では、正規就職率が12.8%、不安定進路率が66.7%だ。「史学=死学」という悪い冗談もある。法学・政治学も左上のゾーンにある。2018年9月、九州大学の研究室で焼身自殺した男性は憲法学専攻だったそうだ。

文系の博士課程の惨状が露わになるが、これは修了時点の統計で、不安定な暮らしを何年か続けた後、正規の研究職に就く人も多い。だが、冒頭で紹介した研究者のように、いつまで経ってもそれが叶わず、絶望して自ら命を断つという最悪のケースに至る場合もある。

大学倒産時代の到来が言われ、今後、大学教員等の研究職への就職はますます厳しくなる。前に当サイトで書いたが、大学教員市場は閉塞の度合いを強める一方だ(「博士を取っても大学教員になれない『無職博士』の大量生産」2018年1月25日掲載)。こういう状況であるから、当面の間、大学院博士課程の学生募集を停止すべきである、というラディカルな提言もある(潮木守一『大学再生の具体像』東信堂、2009年)。

日本企業には受け入れられにくい

悲惨な末路をたどる若者の増加、国税を費やしてのフリーター増産という問題を考えれば、こういう荒療治も必要かもしれない。だが、知の源泉を枯らすよりも、それを活かすほうがいい。ドクターの活躍の場は、研究の世界に限られない。

年功賃金、終身雇用、(22歳の)新卒一括採用の慣行が根強い日本では、年齢を重ねた博士は民間企業には受け入れられにくい。職務が明確なジョブ型雇用ではなく、色々な仕事をルーティンでやらされるというのも、博士の心的葛藤を深くしている(自分の専門性が活かせない)。だが日本型の雇用慣行にも変革の兆しがあり、博士号取得者を特別枠で教員として採用する自治体も出てきている。高度な専門性に裏打ちされた授業は好評とのことだ(秋田県の公立高校)。

一方で大学院博士課程を志望する顧客も変化してきている。最初に書いたように入学者の総数は減っているが、中高年層の入学者は増えている。高度な専門性を身に付けようというリカレント学生、余生の目標を博士号取得に定めたという高齢者などだ。博士課程の機能も広がりを見せている。

博士課程をめぐる暗い話が噴出しているが、それは「顧客は20代の若者、機能は研究者養成」という伝統的なイメージに固執しているからではないか。近未来の状況変化を考えるなら、社会から期待される役割はまだまだ大きいはずだ。

<資料:文科省『学校基本調査』

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル指数5カ月ぶり高値、経済指標受け

ワールド

再送-〔マクロスコープ〕高市首相が教育・防衛国債に

ビジネス

米国株式市場=反発、堅調な決算・指標がバリュエーシ

ワールド

トランプ氏、民主党のNY新市長に協力姿勢 「少しは
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショックの行方は?
  • 4
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 5
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 8
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中