最新記事

経済

ラディカル・マーケットとは何か?──資本主義を救う「急進的な市場主義」という処方箋

2020年8月24日(月)11時40分
安田洋祐(大阪大学大学院経済学研究科准教授)※アステイオン92より転載

Dencake-iStock.


<世界経済の停滞や格差などの問題に対し、資本主義そのものの修正を多くの経済学者が唱えてきた。しかし、根本的な解決策が見つからないなか、穏健的な資本主義とも急進的な社会主義とも異なる第三の道「急進的な市場主義(ラディカル・マーケット)」が提示され、注目を浴びている>

自由な経済活動を原動力とする資本主義は経済成長をもたらし、私たちの暮らしを豊かにしてきた。一方で、近年は先進国を中心に世界経済が停滞し、広がる格差が社会の分断を招いている。深刻化する気候変動や世界的な金融危機によって、市場の失敗や資本主義の脆さも明らかになりつつある。今まで自明の存在として受け入れてきた資本主義という仕組みが揺らいでいるのではないか。こう疑念を抱く人も少なくないだろう。

では、現代の経済が抱える困難を克服するためにはどうすればよいか。大半の経済学者は、資本主義の仕組みを修正することで、多くの問題を解決ないし軽減できると考える。適切な金融・財政政策の実施、再分配政策や金融規制の強化、炭素税の導入などを通じて、現状と比べてより望ましい経済状況が実現する公算は高い。他方で、こうした穏健的な対症療法は問題を先送りするだけで、せいぜい時間稼ぎにしかならないとする見方もある。資本主義から社会主義・計画経済への移行という原因療法を求める急進的な動きも広がっている。


 エリック・A・ポズナー、E・グレン・ワイル
ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀
 ――公正な社会への資本主義と民主主義革命』
(安田洋祐監訳、遠藤真美訳、東洋経済新報社、2019年)

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

『ラディカル・マーケット』は、穏健的な資本主義とも急進的な社会主義とも異なる新たな処方箋を提示する。題名に体現されている「急進的な市場主義」こそ、著者であるエリック・ポズナーとグレン・ワイルが見出した第三の道なのだ。市場はその存在自体が善というわけではなく、あくまで良質な競争をもたらすという機能を果たしてこそ評価されるべきだろう。うまく機能していないのであれば、市場を廃止する(=社会主義)のではなく、市場のルールを作り替える必要がある。今までのルールを前提に市場を礼賛する(=市場原理主義)のではなく、損なわれた市場の機能を回復するために、根本的なルール改革を目指さなければならない(=市場急進主義)。本書の立場は、このように整理できる。

本書が提案するラディカルな改革は多岐にわたる。本論にあたる第一章から第五章において、私有財産、投票制度、移民管理、企業統治、データ所有について、現状および現行制度の問題点がそれぞれ整理され、著者たちの独創的な代替案が提示される。先端研究によってこうしたアイデアがきちんとフォローされている点は各章に通底しており、どの章もそれだけで一冊の研究書になってもおかしくないくらい内容が濃い。中でも、第一章「財産は独占である」は、資本主義の大前提を揺るがし思考の大転換を迫る中身となっている。以下では、その斬新な主張を紹介するとともに、評者自身の評価について述べたい。

【関連記事】コロナ騒動は「中国の特色ある社会主義」の弱点を次々にさらけ出した

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中