最新記事

教育

公立学校の授業に感じた「悲惨さ」の正体 日本の教育スタイルはこのままでいいのか

2020年7月24日(金)12時00分
親野 智可等(教育評論家)*東洋経済オンラインからの転載

もし、無理に時間を取るとしたら休み時間ということになるが、それだとその子たちは友達と遊ぶことができなくなる。そういった子たちの中には、休み時間に友達と遊んだりおしゃべりしたりするのが楽しみで学校に来ている子たちも多い。それを奪うことになってしまうのだ。それに、有り体に言えば、休み時間にちょっと指導したくらいでその子たちが追いつくということも、ほとんどの場合期待できない。

それに、先生にとっても、休み時間に個別な指導をしていると、次の授業の準備ができなくなるという問題がある。体育で使う跳び箱の準備も、理科の実験の準備も、社会で使う映像資料の準備もできない。提出された宿題のチェックもできなければ、家庭からの連絡帳を読んで返事を書くこともできない。

子ども同士のソーシャルディスタンスや換気の具合に目を配ることも、トラブルに対応することもできない。気になる子とコミュニケーションを取ることもできないし、先生とおしゃべりしたくて寄ってくる子も追い返さなければならない。

こういったことで、授業時間以外に個別指導をする時間は取れないのだ。しかし、考えてみれば、肝心な授業の時間にそういった子たちをわからないまま放置しておいて、別の時間に教えるというのがそもそもおかしいのだ。とはいっても、そういった子たちに対して授業時間に個別指導していたら、授業を進めることができないし、ほかの子たちを放置することになる。

悲惨さを感じたある授業風景

つまり、学力格差が大きい子たちに一斉授業を行うことは無理なのだ。無理というより、私は子どもの人権を無視した非人道的行為だとさえ思う。それを強く感じたのは、以前、公立中学で中3の数学の授業を参観したときだ。

内容は「二次方程式の解き方」で、生徒たちがそれについて、アクティブラーニングよろしく、積極的に発言して話し合いながら、解法を見つけていくという授業だった。だが、見ていて悲惨で、先生も生徒たちもかわいそうに思った。そして、その悲惨さはとくにその先生の能力が低いことによるものではなく、日本の授業スタイルが持っている本質的な問題点によるものだと感じた。

40人近い生徒がいたが、塾で学んで完璧に理解している子たちがいる一方、わり算やかけ算ができない子もいた。わり算やかけ算はできるけど、因数分解はできないという子もいた。また、因数分解はできるけど平方根がわからないという子もいた。こういったことは、授業の指導案の個別カルテに記載されていたので、参観者にはわかったのだ。

授業についていけない生徒たちは、わからないまま座っているだけだった。一部の子たちは積極的に発言したりして、一見盛り上がっているように見えたが、その話し合いに本当についていけている子は3分の1もいなかったと思う。学力格差が絶大ななかでの、こういった一斉授業の「話し合い」は、生徒にとっても先生にとっても不幸だと感じざるをえなかった。

昨今こういった「話し合い」の授業が、「アクティブラーニング」という美名の下に、さらに増えてきているという実態もある。百歩譲って一斉授業を受け入れたとしても、先生がわかりやすく教えてくれるならまだしもだが、こういう子どもたち同士の話し合いを中心にした授業だと、余分な要素が入りすぎてゴチャゴチャするので、何が何だかわからないまま座っている子たちが増えるだけなのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ナジブ・マレーシア元首相、1MDB汚職事件で全25

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏と28日会談 領土など和

ワールド

ロシア高官、和平案巡り米側と接触 協議継続へ=大統

ワールド

前大統領に懲役10年求刑、非常戒厳後の捜査妨害など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 8
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中