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都市封鎖下のNYラブストーリー 近づく妻との最期

2020年4月19日(日)13時17分

人生を共に思い出す

ふだんであれば、ロイスさんが暮らす介護施設にハワードさんが到着するのは、入居者たちが朝食を終えた直後だ。彼は秩序正しくそのタイミングを守った。ロイスさんの意識が一番しっかりしているのは朝だからだ。

ハワードさんはロイスさんのためにクラシック音楽をかけ、本を読み聞かせ、ときには手を握ることもある。

「まだそういうコミュニケーションの方法がある」と彼は言う。

ハワードさんはロイスさんの可動域訓練を手伝い、天候がよければ、彼女の車椅子を押して戸外の新鮮な空気を吸ってもらう。歯を磨いてやり、炎症が軽くなるよう、まぶたを洗う。

ハワードさんが訪れた最後の3回とも、ロイスさんは短時間だが目を開き、彼に微笑みかけた。

「まだ私だと分かってくれる兆候がある」とハワードさんは言う。「散発的だが、症状がここまで進んだ患者としては珍しいことだ」

記者とのやり取りは、孤独な状況に置かれたハワードさんにとって、一抹の慰めをもたらしたように思える。電話での取材が数時間に及ぶこともあり、筆者はふと『アラビアンナイト』を思い出した。彼の妻に関するエピソードを共有することが、現実の脅威に対する救済になるかのように。

たった1人で家にいるあいだ、ハワードさんは写真や何十年も前の日記をひっくり返している。「そうすると、ありとあらゆる思い出が蘇ってくる」と彼は言う。

米国発のポップアートを欧州に紹介するのに貢献した有名なイリーナ・ソナベンド画廊。そこで初めてロイスさんに会ったときの思い出もその1つだ。ロイスさんはチャーミングなカナダ出身の27歳で、美術史専門家としてその画廊で働いていた。その一方でクラシックギターを稽古し、コルドンブルー料理学校でも学んでいた。

ハワードさんは、ロイスさんが画廊の洗練された顧客としゃべりながら、フランス語と英語をやすやすと切り替えているのを目にした。

「ロイスの笑顔には誰もが魅了された」とハワードさんは言う。「施設の介護担当者だって例外ではない。あの施設には彼女のファンクラブがある」

何年も後、パリから戻ってきた2人がマンハッタン中心部の芸術家向けロフトで暮らしていた頃、子どもを持とうと考えるようになったが、ロイスさんは流産してしまった。彼らは州北部で不動産を探し始めた。

そのなかに、ウォーカーバレーという街の1エーカーの敷地にある玩具工場跡があった。屋根は崩れ、多くの窓ガラスが銃弾で割れていた。どうやら、誰かが射撃練習の標的として愛用していたようだ。建物本体は、軽量コンクリート造りの長い増築部分があった。「ホッピング」がブームになったとき、急造で建てられた部分だ。

工場を住居兼アートスタジオとして改造するという、骨の折れるプロジェクトが控えていることを認めつつ、ロイスさんはハワードさんに「残念だけど、ここしかないと思う」と言った。

彼らは工場跡を2万8500ドルで購入して改造作業に取りかかり、数年後に本格的に引っ越してきた。2人とも50歳に近づきつつあった。新しい住居は広く、その後の生活に埋めきれない空白があることを感じさせた。


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