都市封鎖下のNYラブストーリー 近づく妻との最期
問いかけられた言葉「あなたは誰」
ロイスさん自身も工芸作家として実績があったが、ハワードさんが創作に専念できるよう、自分は普通の仕事に就くといつも断言していた、とハワードさんは語る。彼女は料理人、臨時教師、麻薬・アルコール依存症カウンセラー、看護助手、彫刻彩色専門家といった仕事に就いた。
「彼女は1970年代の本物のフェミニストだった」とハワードさんは振り返る。やがてニューヨークの「ラディカル・ペインティング・グループ」の一員として名を上げていく夫に対し、ロイスさんは「私が稼ぐから、あなたは絵を描いて」と言っていた、という。
ハワードさんの記憶によれば、ロイスさんはカナダのブリティッシュコロンビア州北部の田舎で育った。ある日、マンハッタンのメトロポリタン美術館での仕事から帰宅するなり、「ジャガイモを育てたい」と夫に言ったという。そこで2人は州の北部に引っ越し、人気玩具「ホッピング」を製造していた工場跡地に住み着いた。
彼女の記憶が失われ始めたときのことも覚えている。最初はゆっくりと。そしてある日ついに、浴室で介助していたハワードさんに「あなたは誰」と問いかけてきた。
長時間の電話インタビューとメールのやり取りのなかで、ハワードさんは時折、思い出を語ることに苛立ちを見せることがあった。彼はあるとき、記者に対し「パリでのくだらない話など忘れてしまいたい」と言いだした。「現在について語ろう。どうすればこれを切り抜けられるのか」
そう言いつつ、彼はまた、ロイスさんをめぐる別の思い出を話し始めるのだった。
だから、ハワードさんがいくら「自分はもっと現実的なことに集中している」と言うとしても、これは1つのラブストーリーなのだ。時として、人はラブストーリーから逃げられないのである。
孤独な別れへの恐怖
恐らく私たちの多くにとって、今回の危機における最大の心配事は、高齢の親族に(ウイルス感染かどうかはともかく)何かが起きはしまいか、そして地域社会や医療施設がロックダウン状態にある今、彼らのもとに駆けつけられないのではないか、ということだろう。そして多くの人にとって、その心配はさらに、孤独に死んでいくこと、あるいは死にゆく人にお別れを言えない恐怖へと深まっていく。
ハワードさんは、ロイスさんが入っている介護施設で新型コロナウイルスの感染者が発生しているという話は聞いていない。施設の運営者は6日に患者が発生していないことを確認してくれたが、週後半にはコメントを得られなかった。
だがハワードさんは、気持ちのうえでは悪い知らせに備えている。「これがどういうことになるのか、誰にも分かっていない」と彼は言う。「自分自身やロイスのことよりも、社会のことをはるかに強く心配している」
介護施設の入居者にとって、心配事は決して新型コロナウイルスだけではない。施設の多くは人手不足で、入居者は、訪問する家族にしかできない日常的な細かいケアに頼っている。ハワードさんは、全面的な訪問禁止が何カ月も続くとすれば残酷で非人道的なことになる、と言う。
ハワードさんは家で絵を書き続けている。だが、ロイスさんの介護というルーティーンを軸にしていた彼の生活は、当てもなくさまよっている。
「今や、日々の経過は意味を失ってしまった」とハワードさんは言う。「家にいて何か区切りになるものがあるとすれば、えさを要求する猫だけだ」
【関連記事】
・新型コロナウイルス、モノの表面にはどのくらい残り続ける?
・中国・武漢市、新型コロナウイルス死者数を大幅修正 50%増の3869人へ
・イタリア、新型コロナウイルス新規感染者は鈍化 死者なお高水準
・新型コロナウイルスをめぐる各国の最新状況まとめ(17日現在)