最新記事

家族

都市封鎖下のNYラブストーリー 近づく妻との最期

2020年4月19日(日)13時17分

抽象画家のハワード・スミスさん。50年間連れ添った妻のロイスさんは、アルツハイマーを患い介護施設に。写真は4月5、ニューヨーク州ウォーカーバレーの自宅で撮影(2020年 ロイターCaitlin Ochs)

これは1つのラブストーリーだ。始まりは50年前のパリ。焼き上がって甘く香るアップルシュトルーデルがきっかけだった。だがハワード・スミスさんは、過去のロマンチックな思い出に浸っている暇はないと言う。いま彼が心配しているのは、2人のつながりがどのような結末を迎えるかだ。

抽象画家のハワードさんが、人生の大半をつぎ込んできたのは、細かなディテールとルーティーンへのこだわりだった。彼の絵はモノクロームのように見えるが、何千回もの絵筆のタッチを重ねて構成されていることが多い。美術評論家はその作品について、カオスをコントロールしようという細心の試みであると評してきた。

いまハワードさんは、妻のロイスさんからどれだけ離れているかを正確に把握している。23.7マイル(38.1キロ)だ。そして、最後に彼女に会ったのがいつかも正確に覚えている。31日前だ。

妻のロイス・キットソンさんは、末期のアルツハイマー型認知症を患っている。この過去5年間、ハワードさんは週6日、車を40分運転し、ニューヨーク市の北、ハドソンバレーにある介護施設ニューパルツ・センターで暮らすロイスさんとの面会を続けてきた。

だが、ニューヨークが米国における新型コロナウイルス感染の中心地になって以来、2人は引き離されてしまった。3月11日、ニューパルツ・センターは入居者を守るため、外部からの訪問をすべて断るようになった。3月20日、アンドリュー・クオモ州知事は、州内の住民に自宅待機を命じた。

「もう一度、会えるのか」

76歳のハワードさんは、「(感染急拡大の)カーブをフラットにする」という対策の必要性は理解しているが、一方で施設で暮らすロイスさんの命は自分の訪問にかかっているかもしれないとも感じている。彼が知りたいのは、このパンデミックによって、いつまで妻に会えないのか、ということだ。そして彼は、同じような別離に耐えている他のすべての人を思いやる。

介護施設を訪問できずにいる家族は、世界中に何千人もいる。なかには、施設のスタッフから定期的な連絡を受けられない人もいる。彼らにとって、入居している家族の運命は、生と死のあいだで宙ぶらりんになっているようにも思える。

「まったくもって流刑のようなものだ」とハワードさんは言う。ハワードさんの祖母は、彼の母親を産んでまもなく、1918年の「スペイン風邪」流行により命を落としている。そのことが特に今、彼の脳裏によみがえる。「もう一度ロイスに会えるようになるのかどうか分からない」

ロイスさんはすでに会話することもなく、目を開けることも稀だ。ハワードさんと過した半世紀の生涯のあれこれを思い出すこともできない。

ハワードさんは覚えている。彼は1970年1月、2人がパリの画廊で出会ったときのことを、50年前ではなく、50分前の出来事であるかのように語る。

パリ13区の彼の部屋でアップルシュトゥルーデルを焼いた夜、2人の友情がそれ以上の関係に変わったときのことも覚えている。タネを混ぜて延ばすには何時間もかかった。オーブンから焼き上がる頃には、メトロの終電は終っていた。ロイスさんはその夜を彼の部屋で過した。その後、彼女は彼の部屋に引っ越してきた。


【関連記事】
・年代別:認知症のリスクを減らすために注意すべき危険因子
・緑内障などの加齢に伴う眼疾患とアルツハイマー病との関連が明らかに
・孤独感の持ち主は認知症になる確率が1.64倍
・中年の運動不足が脳の萎縮を促す

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日仏、円滑化協定締結に向けた協議開始で合意 パリで

ワールド

NATO、加盟国へのロシアのハイブリッド攻撃を「深

ビジネス

米製造業新規受注、3月は前月比1.6%増 予想と一

ワールド

暴力的な抗議は容認されず、バイデン氏 米大学の反戦
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中