最新記事

宇宙開発

宇宙飛行士が語る「宇宙日本食」体験──宇宙で食料を作る試み

2019年11月22日(金)17時30分
秋山文野

これまで、宇宙へ行った宇宙飛行士はおよそ550人程度とされる。この規模であれば今すぐ食糧生産の仕組みが必要なわけではないし、マーケットといえるほどでもない。だが宇宙のような閉鎖環境で食料を生産することができれば、地球上での持続的な開発にも役立てられるという長期の目標がある。

とはいえこうした宇宙での食糧生産のシステムは、どうしてもスペックから入らざるを得ない部分がある。必要なカロリーと栄養素を満たし、宇宙で利用可能な光源と水で作ることができる、といった制約が存在する。そこでこれまで出てきたアイディアは、サツマイモとドジョウ、昆虫食(コオロギやカイコ)、あるいは藻類。夢を見られる食事かといえば必ずしもそうでもないというところが実感だろう。

ISSに滞在した宇宙飛行士はどう思っていたのか......

そして当事者であるところの宇宙飛行士はどう思っているのか。2017年12月から2018年6月まで、第54次/第55次長期滞在クルーとしてISSに滞在した金井宣茂宇宙飛行士は、宇宙食にまつわる講演会で宇宙飛行士が感じる食の多様性について語った。

DSC08169.JPG金井宣茂宇宙飛行士 撮影:秋山文野

11月6日から8日まで徳島市で開催された第63回宇宙科学技術連合講演会「国際宇宙ステーションでの食生活と健康長寿」で金井宇宙飛行士が語ったところによれば、「地上から隔絶され、閉鎖環境で暮らす中で、3度の食事はありがたかった。皆で食事を囲み『同じ釜の飯を食べる』チームづくりには、食事を囲む歓談の存在が非常に大きい」という。その中で、鮭おにぎりやようかんとお茶などJAXAの宇宙日本食にだいぶ助けられた」という。

また、普段の食事はレトルト食品や缶詰などが多いが、ISSに物資を届ける日本のHTVなどの補給船には生の果物や野菜などの生鮮食品が搭載されている。これもクルーのモチベーション向上に大きな役割を果たしたという。それだけでなく、ロシアのクルーは「サラダにサラミやマヨネースを混ぜ合わせたロシア風サラダを作って振る舞ってくれた」など「クリスマスには、ワイン風のラベルを貼ったブドウジュースを飲む」といった食を楽しめるものにする工夫が随時されている。飲料水ひとつとっても、「保存用にヨードが添加されているが、給水器から出す際にヨードを除去して匂いをとり、水道水程度のミネラルを添加して飲みやすくする工夫がされている」と話した。

微小重力のISS環境では、体液シフトとよばれる現象によって上半身に体液が集まりやすく、鼻が詰まったように感じたり味覚が鈍くなって「濃い味付けを好む」ということが言われるが、金井宇宙飛行士は「自分はそのように感じなかったし、同じチームでもそういった人はいなかった。ただ、スパイシーな刺激は好まれるので、塩分で味を濃くするよりスパイスを使う。持っていったカレーはロシア人クルーに巻き上げられた」というエピソードを披露している。

植物を栽培することは心理的効果もある?

また、NASAは宇宙でレタスや水菜などを栽培する実験を進めており、2020年からはトマトやトウガラシなどの実野菜にも挑む。食べられる植物を栽培することは、食糧生産だけでなく「時間の経過を感じられるポジティブな心理的効果がある」とされているが、金井宇宙飛行士によれば「実験実験で忙しい生活の中で、水やりなど手間暇をかけている余裕がなかなかない」といい、野菜栽培が誰にとってもポジティブというわけでもないようだ。一方で「ロシア人クルーの中には生鮮食品として届けられたタマネギを置いておき、芽を出させて鑑賞して楽しんでいた」と小さな園芸を好んでいた人もいるという。

宇宙での生活から得られたエピソードを積み上げて行くと、たった6人の宇宙飛行士という集団でも食に関する嗜好は多様で、差が大きいように思われる。宇宙での食糧生産に向けた取り組みは、この多様性を受け入れられるようになったときに花開くのではないかと思われる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中