最新記事

スリランカ

スリランカで準独裁体制が復活すれば、海洋覇権を狙う中国を利するだけ

GOOD NEWS FOR CHINA?

2019年10月30日(水)17時45分
ブラマ・チェラニ(インド政策研究センター教授)

ゴタバヤ・ラジャパクサ(左)と兄のマヒンダ前大統領 DINUKA LIYANAWATTE-REUTERS

<準独裁体制を引き継ぐ前大統領の弟が次期大統領の最有力候補に――親中路線も復活で習近平「海のシルクロード」構想が実現する?>

アジア最古の民主主義国の1つが危機的な局面を迎えつつある。11月に実施予定のスリランカ大統領選挙では、強権政治と暴力、汚職の影が付きまとうラジャパクサ一族が権力の座に返り咲く公算が大きい。

次期大統領の最有力候補ゴタバヤ・ラジャパクサは、兄マヒンダ・ラジャパクサ前大統領の下で国防次官を務めた人物。2015年まで10年間続いたマヒンダの政権では、4人のラジャパクサ兄弟が政権の重要ポストを占め、国家予算の約80%を握っていた。マヒンダは大統領の権限を着々と強化し、人権侵害と戦争犯罪を非難される準独裁体制をつくり上げた。

さらにマヒンダの親中国政策の下、スリランカでは中国の影響力が急速に強まり、同時に対中債務も膨れ上がった。前政権時代の借金返済に窮したシリセナ現大統領は2017年、インド洋の要衝ハンバントタ港の管理権を中国側に99年間譲渡する契約に署名せざるを得なかった。

マヒンダは約25年続いた内戦が2009年に終結した当時の大統領だが、内戦末期には少数派タミル人の民間人やラジャパクサ家の政敵など、数千人が行方不明または拷問の被害に遭っている。タミル系の反政府勢力タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)に対する最後の軍事攻勢では4万人の民間人が殺害されたと推計され、国連から「国際法秩序への重大な攻撃」と非難された。

喜ぶのは世界中で中国だけ?

ヒンドゥー教徒主体のタミル人にとって、ラジャパクサ兄弟は恐怖の対象だが、仏教徒主体の多数派シンハラ人の多くにとっては英雄になった。マヒンダはさらに大胆になり、多民族国家スリランカでシンハラ人中心の単一民族政策を強化した。

この政策が復活すれば、内戦の引き金となった民族・宗教間対立の改善、特にシンハラ人と総人口の約10%を占めるイスラム教徒との融和は期待できない。両者の関係は4月、260人以上の死者を出したイスラム過激派の連続爆破テロ事件で一気に悪化した。

ラジャパクサ兄弟は既にこの事件を利用して、シンハラ民族主義をあおり立てている。ゴタバヤは支持者に対し、自分が当選すればイスラム過激派対策として情報機関を強化し、市民に対する監視活動を復活させると約束した。超法規的措置で治安維持を図ろうとする姿勢に、少数民族やメディア、人権擁護団体は戦々恐々だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動

ビジネス

必要なら利上げも、インフレは今年改善なく=ボウマン

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中