抗生物質が効く時代はあとわずか......医療を追い詰める耐性菌に反撃せよ

WE SHOULD ALL BE SCARED

2019年7月5日(金)10時20分
デービッド・H・フリードマン(ジャーナリスト)

わずか数年で薬剤耐性を獲得

現時点で耐性菌の犠牲になりやすいのは高齢者や体力の弱った患者だが、リスクは広がっている。「膀胱炎や皮膚炎を患う若い患者でも、今は抗生物質を出せない場合がある」と、タフツ医療センター(ボストン)の感染症専門家ヘレン・バウチャーは言う。「このままだと臓器移植も、人工関節置換術などの一般的な手術もできなくなる。みんなが心配するべきだ」

専門家が期待を寄せるのは、感染症対策の全く新しい戦略だ。抗生物質を使わずに細菌を殺す方法はどこにあるのか。ウイルスや魚類の分泌する粘液に注目する人もいる。地球外の物質に期待する人もいる。

病院など、細菌の拡散しやすい場所での除菌・殺菌法の再検討も進んでいる。私たちの体内や病院の院内にいる細菌をコントロールするには、もっと全体的なアプローチが必要だ。

時間は限られている。脅威の耐性菌がゾンビの軍団のように押し寄せてくる前に、私たちは新しい武器を用意できるだろうか。「今までとは違うアプローチに巨額の投資をすべきだ」。マサチューセッツ大学で薬剤耐性を研究するマーガレット・ライリーはそう言い、こう続けた。「本当は15年前に始めるべきだったが」

耐性菌の問題の1つは、その進化の速さだ。人間は生後15年ほどでようやく繁殖能力を持つが、大腸菌は20分で2倍に増殖する。人類には何百万年もかかる進化をわずか数年で成し遂げ、薬剤への耐性を獲得してしまう。

抗生物質を投与された人体は、それらが進化するための完璧な舞台というわけだ。マサチューセッツ総合病院のシェノイは「新しい抗生物質が使われると、約1年後にはそれに耐性を持つ細菌が現れる」と言う。

もっと新しい抗生物質を見つけるのは大変だ。そうした新薬の開発には約20億ドルの費用と少なくとも10年の歳月が必要になる。完成しても爆発的に売れるものではない。「新しい抗生物質は使う量も回数も抑えなければいけない」と、ジョンズ・ホプキンズ・ベイビュー医療センター感染症科(ボルティモア)のジョナサン・ゼニルマンは言う。つまり、製薬会社が元を取れる保証はない。

だから専門家は別のアプローチに期待を寄せる。例えば、生物進化のプロセスに詳しい生物学者との協力だ。マサチューセッツ大学のライリーは1990年代にハーバード大学とエール大学で、ウイルスが細菌を殺したり、細菌同士が殺し合ったりするメカニズムを研究していた。2000年に同僚から、それを医療に応用できないかと質問された。

「考えたこともなかったが、そう言われて初めてひらめくものがあった」とライリーは言う。以来、彼女は今日まで、ウイルスの殺菌戦略を耐性菌対策に応用する方法を模索してきた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

バイデン氏、建設労組の支持獲得 再選へ追い風

ビジネス

米耐久財コア受注、3月は0.2%増 第1四半期の設

ワールド

ロシア経済、悲観シナリオでは失速・ルーブル急落も=

ビジネス

ボーイング、7四半期ぶり減収 737事故の影響重し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中