抗生物質が効く時代はあとわずか......医療を追い詰める耐性菌に反撃せよ

WE SHOULD ALL BE SCARED

2019年7月5日(金)10時20分
デービッド・H・フリードマン(ジャーナリスト)

mags190704-germ03.jpg

感染症を引き起こす細菌を狙い撃ちできるとして期待が寄せられる「ファージ」 KATERYNA KONーSCIENCE PHOTO LIBRARY/GETTY IMAGES

抗生物質は核爆弾投下と同じ

細菌を殺すウイルスはファージ(正式にはバクテリオファージ)と呼ばれる。ファージはタンパク質に包まれた遺伝情報物質で、細菌の細胞膜を突き破って侵入し、相手の遺伝系を乗っ取り、自らを複製・増殖させる。ライリーはまた細菌が抗菌活性のあるタンパク質(バクテリオシン)を産生して仲間をやっつける仕組みも研究している。

ライリーの目標は危険な細菌を殺すことだけではない。有益な細菌を守ることも視野に入れている。人体の内部や表面に常在する細菌はおよそ400兆個。その大半が有益・無害で、ライリーによると、有害なものは1万分の1%くらいだという。

しかしペニシリンやテトラサイクリンのような在来の抗生物質は、細菌の種類を区別せず、全てを殺そうとする。だからこそ細菌は、生き残りを懸けて耐性を獲得するわけだ。

「感染症で抗生物質を使うのは戦争で核爆弾を使うのと同じ」だとライリーは言う。「それは人体の常在菌を半分以上も死滅させる。有益な細菌が不足すると、肥満や気分の落ち込み、アレルギー体質になりやすい」

一方、ファージやバクテリオシンは(少なくとも理論上は)有害な細菌だけを攻撃できる。無害な細菌まで殺すことはなく、耐性菌が生まれやすい環境をつくり出すこともない。

バイオテクノロジー企業のイミュセル(メーン州ポートランド)は、乳牛の乳腺炎治療に使えるバクテリオシンを開発した。この病気によってアメリカの酪農業界は年間約20億ドルの損失を被っている。ライリーによれば、実験室レベルでは今でも、ファージやバクテリオシンを操作すれば、ほとんどの病原菌に対抗できる。しかも「いずれも20億年前に出現した殺しのメカニズムだから、化学的に安定している」。

ファージを用いた治療法の臨床試験はジョージア(グルジア)やバングラデシュでも行われている。欧米では足の潰瘍の治験で良い結果が出ている。より深刻な病気はまだ治験対象になっていないが、17年に米食品医薬品局(FDA)が特別に認めた多剤耐性菌による感染者のファージ治療が成功し、全米の研究者への刺激になった。

今後は多剤耐性菌による結核や嚢胞性線維症に伴う肺感染の治験が行われる可能性があるという。一方でバクテリオシンの研究はファージほど進んでいない。米政府はこうした研究に20億ドルの支援を約束しているが、「全く足りない」とライリーは言う。

癌の治療では患者の免疫力を高める方法が注目されているが、この免疫療法も耐性菌との戦いに応用できる可能性がある。既に牛などの動物の体内で人間の抗体を作り出す手法が確立されていて、これを患者に注射する治療も考えられる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

衆院選、自民単独で300議席超 維新と合わせ3分の

ワールド

選挙終盤に響いたママの一言、「戦争の足音」感じた有

ワールド

衆院選きょう投開票、自民が終盤まで優勢 無党派層で

ワールド

イスラエル首相、トランプ氏と11日会談 イラン巡り
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 2
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 3
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日本をどうしたいのか
  • 4
    韓国映画『しあわせな選択』 ニューズウィーク日本…
  • 5
    韓国ダークツーリズムが変わる 日本統治時代から「南…
  • 6
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 7
    【台湾侵攻は実質不可能に】中国軍粛清で習近平体制…
  • 8
    心停止の8割は自宅で起きている──ドラマが広める危険…
  • 9
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 10
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 10
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中