最新記事

認知症

4勝146敗、新薬開発が険しいアルツハイマー病 国際治験の抱える課題とは

2019年5月13日(月)14時33分

5月13日、アルツハイマー病の新薬開発に閉塞感が漂っている。エーザイは最終治験を始めた薬で巻き返しを図る考えだが、「雪辱戦」の行方はなお読めない。写真はエーザイのロゴ。昨年3月に東京で撮影(2019年 ロイター/Issei Kato)

アルツハイマー病の新薬開発に閉塞感が漂っている。製薬大手が相次いで失敗する中、有望視されていたエーザイと米バイオジェンの新薬候補も3月に頓挫。エーザイは直後に最終治験を始めた別の薬で巻き返しを図る考えだが、「雪辱戦」の行方はなお読めない。患者やその家族からは、新薬への期待を封印して病気と共存する道を探る向きも出ている。

4勝146敗

「成功確度は高いと考えている」。エーザイの内藤晴夫社長は13日の決算記者会見でこう述べ、同社が手掛ける新薬への期待を示した。

だが、その姿勢とは対照的に、アルツハイマー病領域では企業側の敗北が続く。これまで、米ファイザーやメルク、スイスのロシュなど世界の製薬メーカーが新薬開発に挑んだが、いずれも失敗に終わった。

米国研究製薬工業協会によると、1998年から2017年までに承認された新薬はわずか4つで、失敗した治験の数は146に上る。国によって承認の時期に差はあるが、米国では15年以上、新薬が生まれていない。

認知症には複数の種類があり、アルツハイマー型が最も多い。日本の認知症患者数は、2025年に700万人前後に達するとみられている。世界全体では、2050年に現在の約3倍に当たる1億5200万人まで増えるとの試算があり、新薬のニーズは大きい。

こうした中、エーザイとバイオジェンが共同開発する3つの薬に対する期待は高まっていたが、2カ月前に風向きが変わる。専門家からの勧告に基づき、中でも有望視されていた「アデュカヌマブ」の治験が突如中止に追い込まれたからだ。

この薬は初期の治験で、アルツハイマー病と関連があるとされるタンパク質「アミロイドベータ」を脳内から減少させる結果を出した。2016年に英科学誌ネイチャーの表紙を飾り、一気に脚光を浴びた経緯がある。

アルツハイマー病に詳しい京都府立医科大学の徳田隆彦教授は「ネイチャーでは脳のアミロイドの減少を示す写真も出ており、アデュカヌマブは成功するのではとの期待があった。今回の失敗は業界にとって大きなショックだ」と振り返る。

混乱を増幅させた別の要因もある。治験中止発表のわずか11時間前、あるエーザイ幹部は、都内で開かれた会合で「ようやく一筋の光が見えてきた」と述べ、新薬誕生への自信を示していた。

急転直下の中止に、ある会合出席者は「自らハードルを上げてしまった点は否めない」と指摘した。

クラリティ

「アデュカヌマブ」失敗の翌日、エーザイは同じくバイオジェンと共同開発する別の薬剤「BAN2401」で、後期臨床試験(第3相試験)を始めると発表した。冒頭で内藤社長が成功確度に触れたのがこの薬だ。

同試験は、複数の国や地域から1566人の患者を集める国際共同治験で、18カ月間にわたってプラシーボ(偽薬)と実際の薬との差を調べる。エーザイによると、記憶や判断力など6項目の総合評価で、プラシーボよりも悪化の度合いを25%程度抑制することがクリアの目安となる。

ただ、専門家の間では、国際共同治験で成果を出すことの難しさを指摘する声もある。

香川大学医学部の中村祐教授は「国によって生活習慣や文化が異なることから、ひとつの薬がどれだけ効くかを測定するのは難しい。特に認知症は言葉に関係する病気で、薬の効果を判断する土台が不安定になる」と話す。

ひとつの国だけで治験を行えば結果が出たかもしれない薬でも、「複数の国から症例を集めればバラつきが生じ、その中に薬の効果が埋もれてしまう可能性がある」という。

エーザイは最終治験に「クラリティ」との名前を付けた。患者の脳内のアミロイド蓄積を取り除くことと、認知機能をクリアな状態にすることへの願いを込めた。最終的な試験結果は22年に判明する見込みだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

高市首相、中国首相と会話の機会なし G20サミット

ワールド

米の和平案、ウィットコフ氏とクシュナー氏がロ特使と

ワールド

米長官らスイス到着、ウクライナ和平案協議へ 欧州も

ワールド

台湾巡る日本の発言は衝撃的、一線を越えた=中国外相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナゾ仕様」...「ここじゃできない!」
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 5
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    【銘柄】いま注目のフィンテック企業、ソーファイ・…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中