韓国の埋もれた歴史「在日同胞留学生スパイ事件」が、いま掘り起こされる

写真は本文と関係ありません Diego Mariottini-iStock.
<在日韓国人が韓国でスパイに仕立て上げられ、拷問を受け、何年も収容される――。そんな軍事独裁政権時代の知られざる事件に、ルポルタージュ『祖国が棄てた人々』が光を当てる。被害者の証言、時代背景、加担したヤクザ......。当時、何があったのか>
2018年9月に日本で公開され、現在も各地で上映されている『1987、ある闘いの真実』という韓国映画がある。
全斗煥による軍事独裁政権下の1987年1月、民主化運動に加わっていたソウル大生の朴鐘哲(パク・ジョンチョル)が警察に連行され、苛烈な水拷問を受けて命を落とした。警察は遺体を火葬して証拠隠滅を図ろうとしたが、死に疑問を持った検事や記者、刑務所の看守などが真実を暴き出そうと奔走する。
そのさなか、朴鐘哲の殺害に抗議するデモに参加した大学生の李韓烈(イ・ハニョル)が、鎮圧部隊が放った催涙弾を後頭部に受ける。国民の怒りと政府への不信は頂点に達し、人々は声をあげる――。
実際の事件を元に、架空の人物も登場させながら国民の手で民主化を果たすストーリーが支持され、韓国内で700万人以上の観客を動員した。いわば運動のシンボルでもある朴鐘哲が拷問を受けた場所は保存・公開され、李韓烈が通っていた延世大学には、追悼碑が設置されている。
彼らのように記憶され、語り継がれる軍事独裁政権の犠牲者がいる一方で、今までほとんど話題にされてこなかった犠牲者たちがいる。それが1975年に起きた「11.22事件」をはじめ、1960年代から80年代にかけて韓国内でスパイ容疑をかけられた、在日韓国人の青年たちだ。
韓国の日刊紙「ハンギョレ新聞」元主筆の金孝淳(キム・ヒョスン)氏による『祖国が棄てた人びと――在日韓国人留学生スパイ事件の記録』(明石書店)は、彼らがなぜ韓国に留学した途端スパイに仕立て上げられたのかについて、当事者のインタビューや当時の記録をもとにまとめたルポルタージュだ。2015年に韓国で出版され、邦訳版が2018年11月に刊行された。
でっち上げで凄惨な拷問に
1975年11月、在日韓国人留学生21人が検挙される「11.22事件」が起きた。中央情報部(KCIA・当時)は被疑者を「母国への留学生を装って韓国内の大学に浸透した在日韓国人スパイ」と公表した。北朝鮮からの指令を受けて、スパイ行為のために留学した罪で拘束したのだ。しかし中には確かに北朝鮮と関係がある者もいたが、スパイ行為についてはいずれも、完全なでっち上げだった。
当時の在日韓国・朝鮮人の間には朝鮮総連と民団(在日本大韓民国民団)のイデオロギー対立はあったものの、日本に住んでいる限り多様な思想に触れたり、書物を読み仲間と闊達な議論を交わす自由は保障されていた。
またその頃は、韓国の金大中元大統領が東京滞在中に拉致・誘拐され、韓国では民主化を求める詩人の金芝河に死刑宣告が下される時代でもあった。そして
日本のメディアでは、朴正煕独裁政権の悪行が比較的詳しく報道されていた。韓国の現状をそのまま伝えるニュースを通して母国の現実に接した在日韓国人学生たちが糾弾デモを行うのは、当然な怒りの表現だとみることができよう。
と金孝淳氏が語るように、韓国の現状は日本でも報道され続けていた。