<政治的な対立を終息させた映画祭に論争を呼び起こしたのは、政治的な踏み絵というべきメディアによる愚問だった>

今年もこの季節がやって来た。アジアを代表する映画祭のひとつと言っても過言ではない釜山国際映画祭が10月4日、華々しく開会された。映画関係者はニュースで釜山国際映画祭の話題を見ると秋の訪れを感じる。

2014年、セウォル号沈没事故を扱ったドキュメンタリー映画『ダイビング・ベル』の上映中止をめぐって映画関係者が主催者と対立して以降、ボイコットが続いていた釜山国際映画祭だったが、今年は映画関連9団体がすべて復帰。和合と正常化元年を宣言してのスタートだった。だが、何事にもトラブルはつきもの。映画祭開幕直後の6日、台風25号"コンレイ"が釜山を直撃。毎年恒例の海辺でのイベントや舞台あいさつなどがキャンセルされたり、場所を移動して開催せざるを得ない状況となった。また、話題を集めたのが日本から審査員として参加した俳優・國村隼への記者会見での質問だった。

参考記事:セウォル号、接待禁止に台風直撃 韓国社会の問題が噴出した釜山映画祭

國村隼は、2016年に公開されヒットした韓国映画『哭声/コクソン』に出演し、韓国でもよく知られた日本人俳優の一人だ。今回の映画祭でコンペディション部門であるニュー・カレンツ賞の審査員に起用されたのもそのためだろう。そんな國村に対して、10月4日ニューカレンツ審査員の記者会見の場で、韓国メディア「オー・マイ・ニュース」の記者が、「済州島で行われる国際観艦式に、日本の軍艦が旭日旗を掲げ参加すると告知してきた事に関して"俳優として"どう思うか?」という質問を投げかけた。

しかし、この質問の意図は"俳優として"というよりも"日本人として"國村がどう思っているのかを問うものだろう。韓国人と政治など深い話題になったことがある人や、韓国在住の日本人なら何度か遭遇したであろうこの状況。韓国では日韓関係についてときに「それで、あなたはどっち派なの?」といった思想信条を試すような質問をされることがある。そんな状況で人気俳優や有名人がこの答えを間違ってしまったら、その後の活動にも影響が出てしまうかもしれない。

今回のこの記者の問いに対し、國村準は「申し訳ありませんがその内容についてよく把握していないため、もう少し詳しく説明してくれないか?」と記者に再度詳しい内容を説明してもらい、旭日旗について「日本海軍自衛隊の伝統のある旗だと知っているが、あの旗に対する思いの違いは僕よりも上の世代だと、韓国の方は不快に思われる意味合いをあの旗がもっている事は非常に理解できる。自衛隊は旭日旗が伝統なので意見を曲げないということよりも、そのことで不快に思われる人たちの思いを汲むべきだろうと個人的には考えている」と発言した。

また、「今の日本政府は旭日旗問題だけでなく、色々な面で保守的な色合いを強めているということが、日本国内でも問題になっているので、(今回の旭日旗の問題も)そういう流れの中のひとつかな、と思います。個人的にはその旗にこだわる必要はないじゃないかと思う」と個人の意見を述べた。

コンペディション部門の会見で旭日旗問題について問われた國村隼 스포츠조선 / YouTube
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この会見については韓国、そして日本でも大きく報道された。これに対し、釜山国際映画祭側は7日、チョン・ヤンジュン執行委員長名義の公式謝罪文を発表。「映画祭は政治的な意見や敏感な問題からゲストを守る必要がある。何十時間討論しなければならないような問題を記者会見の短時間で十分にその意味を伝えることは難しい」とし、記者会見の進行の不手際を謝罪することとなった。韓国メディアも多くはこの質問をしたメディアとそれを許してしまった映画祭実行委員会に対して批判的な報道をしていた。

中国映画の会見でも無関係な政治の話題が

釜山映画祭は、海外からのゲストも数多く参加する。今回の映画祭では、國村準以外にも記者の質問に対しゲストが困惑した顔を見せ話題となったひと幕があった。5日、映画『First Night Nerves』の記者会見に参加した中国の人気女優バイ・バイホー(白百何)に対する質問の中で海外メディアのある記者が、最近日本でも話題となっていた女優ファン・ビンビン(范冰冰)の脱税と失踪に関して問いかけた。

バイ・バイホーは映画とは関係のないこの質問に対し「答えられない」と言ったが、記者は怯むことなく「貴方のように中国で活動する女優にとってとても重要な事件だと思うのですが、なぜ答えられないのですか?」とさらに追及。バイ・バイホーは「個人的なこと、他人のことであって、答えに困る」と答えた。また同席していたタンリー・クワン監督は「バイ・バイホーが申し上げたように、他人のことだから答えられない。特に、バイ・バイホーを除く3人の俳優は主に香港で活動している。中国のシステムを正確に知らず、回答に困る」と述べた。

映画祭の舞台挨拶や記者会見の場で、社会で起こっている事件に対して俳優や監督個人の意見を求めることは今までも何度か見かけられた光景だ。2017年に釜山国際映画祭に審査委員としてやってきたオリバー・ストーン監督に対し、ある記者は北朝鮮関連の質問や、当時ニュースを賑わせた在韓米軍による迎撃ミサイルシステム「THAAD」配備について、中国から反対意見が出た件など政治的な質問を投げかけた。

また、2017年3月に映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』公開に合わせて韓国を訪れた女優スカーレット・ヨハンソンに対し、記者会見の場である記者が、韓国の前大統領パク・クネが弾劾されたニュースについてどう思うか質問し、「弾劾については知っているが、私があえて韓国政界に関して語るべきではないと思う」と、困ったように回答を控えたひと幕があった。

冒頭に記した政治的質問について、映画祭側からの謝罪を受けて、國村はさらに映画祭を通じ以下のようなコメントを出している。

「全ての人には葛藤や苦痛の多いこの世の中で生きていくよりも、明るい未来の希望や暖かい過去の記憶が必要だ。なぜこのような厳しい状況になっているのか知りたいからこそ、世界には多くの映画が作られているのではないか。だからみな、その映画をもって映画祭を訪れるのだ。映画祭という場が、人びとの考えや意見が混ざり合い溶け合って、美しい結晶体になってほしいと私は望んでいる」

1本の映画にはたくさんのメッセージが込められている。その一部だけを理解して分かった気になっていてはいけない。映画自体とその周辺のさまざまな意見を見聞きし、さらに自分と反対の考えをもつ人たちの言い分も聞いたうえで、最終的に自分で判断することが一番大切である。そのためにもさまざまな視点から見た映画が作られるべきであり、それを上映する映画祭という場が世の中には必要だし、それが映画祭が存在する意味でもあるだろう。そのためにも、映画祭は一方的に偏った作品ばかり上映するようになっては欲しくない。ましてや記者会見の場で「この俳優はこちら側の人/あちら側の人」などという「踏み絵」のような政治的質問を投げかけて試すようなことは、今後なくなっていくことを望みたい。

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