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映画祭

旭日旗から中国美人女優の失踪問題まで 今年も政治が持ち込まれた釜山国際映画祭

2018年10月15日(月)18時45分
杉本あずみ(映画配給コーディネーター)

この会見については韓国、そして日本でも大きく報道された。これに対し、釜山国際映画祭側は7日、チョン・ヤンジュン執行委員長名義の公式謝罪文を発表。「映画祭は政治的な意見や敏感な問題からゲストを守る必要がある。何十時間討論しなければならないような問題を記者会見の短時間で十分にその意味を伝えることは難しい」とし、記者会見の進行の不手際を謝罪することとなった。韓国メディアも多くはこの質問をしたメディアとそれを許してしまった映画祭実行委員会に対して批判的な報道をしていた。

中国映画の会見でも無関係な政治の話題が

釜山映画祭は、海外からのゲストも数多く参加する。今回の映画祭では、國村準以外にも記者の質問に対しゲストが困惑した顔を見せ話題となったひと幕があった。5日、映画『First Night Nerves』の記者会見に参加した中国の人気女優バイ・バイホー(白百何)に対する質問の中で海外メディアのある記者が、最近日本でも話題となっていた女優ファン・ビンビン(范冰冰)の脱税と失踪に関して問いかけた。

バイ・バイホーは映画とは関係のないこの質問に対し「答えられない」と言ったが、記者は怯むことなく「貴方のように中国で活動する女優にとってとても重要な事件だと思うのですが、なぜ答えられないのですか?」とさらに追及。バイ・バイホーは「個人的なこと、他人のことであって、答えに困る」と答えた。また同席していたタンリー・クワン監督は「バイ・バイホーが申し上げたように、他人のことだから答えられない。特に、バイ・バイホーを除く3人の俳優は主に香港で活動している。中国のシステムを正確に知らず、回答に困る」と述べた。

映画祭の舞台挨拶や記者会見の場で、社会で起こっている事件に対して俳優や監督個人の意見を求めることは今までも何度か見かけられた光景だ。2017年に釜山国際映画祭に審査委員としてやってきたオリバー・ストーン監督に対し、ある記者は北朝鮮関連の質問や、当時ニュースを賑わせた在韓米軍による迎撃ミサイルシステム「THAAD」配備について、中国から反対意見が出た件など政治的な質問を投げかけた。

また、2017年3月に映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』公開に合わせて韓国を訪れた女優スカーレット・ヨハンソンに対し、記者会見の場である記者が、韓国の前大統領パク・クネが弾劾されたニュースについてどう思うか質問し、「弾劾については知っているが、私があえて韓国政界に関して語るべきではないと思う」と、困ったように回答を控えたひと幕があった。

冒頭に記した政治的質問について、映画祭側からの謝罪を受けて、國村はさらに映画祭を通じ以下のようなコメントを出している。

「全ての人には葛藤や苦痛の多いこの世の中で生きていくよりも、明るい未来の希望や暖かい過去の記憶が必要だ。なぜこのような厳しい状況になっているのか知りたいからこそ、世界には多くの映画が作られているのではないか。だからみな、その映画をもって映画祭を訪れるのだ。映画祭という場が、人びとの考えや意見が混ざり合い溶け合って、美しい結晶体になってほしいと私は望んでいる」

1本の映画にはたくさんのメッセージが込められている。その一部だけを理解して分かった気になっていてはいけない。映画自体とその周辺のさまざまな意見を見聞きし、さらに自分と反対の考えをもつ人たちの言い分も聞いたうえで、最終的に自分で判断することが一番大切である。そのためにもさまざまな視点から見た映画が作られるべきであり、それを上映する映画祭という場が世の中には必要だし、それが映画祭が存在する意味でもあるだろう。そのためにも、映画祭は一方的に偏った作品ばかり上映するようになっては欲しくない。ましてや記者会見の場で「この俳優はこちら側の人/あちら側の人」などという「踏み絵」のような政治的質問を投げかけて試すようなことは、今後なくなっていくことを望みたい。

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