最新記事

北朝鮮

性拷問、昏睡死......北朝鮮・外国人拘束のあこぎな手口

2018年8月28日(火)13時10分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

米国人大学生ワームビアは北朝鮮で拘束された後、昏睡状態で帰国したが、そのまま死亡した KCNA-REUTERS

<北朝鮮が自国民に拷問を加えているのがわかっているだけに、外国人拘束の情報は人々に恐怖を感じさせる>

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は26日、同国法に違反して調査を受けていた日本人観光客の杉本倫孝氏を、当該機関が「人道主義の原則に従って寛大に許してやり、朝鮮の境外へ追放することにした」と発表した。

同記事の朝鮮語版を見ると、杉本倫孝氏の名前の読みは「スギモト トモユキ」となっている。この名前は8月10日、メディア関係者の間で日本人男性の拘束情報が飛び交ったときから伝えられていた。

当時、男性は欧州の旅行会社が企画したツアーで北朝鮮に入国。西海岸の港湾都市・南浦(ナムポ)で軍事施設を撮影したとの情報も伝えられた。真偽は不明だが、事実なら男性はスパイ容疑をかけられている可能性があり、拘束が長期化する恐れもあった。

まだ男性の追放は確認されていないが、健康な状態で日本に帰国できるなら何よりである。

こうした情報に接していまいちばんに思い出すのは、やはり米国の大学生、オットー・ワームビアさんの事件だろう。

ワームビアさんは北朝鮮を旅行中に拘束され、裁判で労働教化刑を受けた。2016年1月から翌年6月まで拘束された後、昏睡状態で釈放。同月12日に帰国したが、意識を取り戻さないまま死亡した。

彼の両親は2017年9月26日、米FOXニュースの番組に出演し、ワームビアさんには北朝鮮当局から拷問された跡があったなどと語った。また、トランプ米大統領は同日、ツイッターでインタビューに言及し「オットーは北朝鮮から信じがたいほどの拷問を受けた」と非難した。

参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

北朝鮮にとって、スパイ容疑などで捕まえた外国人は人質外交やプロパガンダの材料などとして「利用」するためのものだ。後で記者会見に引っ張り出す必要があるから、凄惨な暴力を振るわれたとする事例は報告されていない。ただ、かつて北朝鮮に43日間にわたって拘束された韓国系米国人が、「性拷問」のビデオを撮られ、それを公開すると脅されたと証言したことはある。

実際のところ、ワームビアさんの死因が謎のままであるのも事実だ。AFP=時事によれば、遺体を検視したオハイオ州の監察医は、同氏が拷問を受けた明らかな痕跡は見つからなかったと語っているという。

しかしいずれにせよ、北朝鮮当局による外国人の拘束情報が、人々の恐怖や緊張を誘うものであるのは明らかだ。それは、北朝鮮当局が自国民に凄惨な拷問を加えていることを、国際社会が知っているからでもある。

参考記事:北朝鮮の刑務所で「フォアグラ拷問」が行われている

北朝鮮はそのような状況を逆手に取り、対外交渉のための人質のように使っている。そのような北朝鮮の外交姿勢については指弾されてしかるべきだろう。実際、北朝鮮は5月に拘束していた米国人3人を解放。米朝首脳会談に向けた事実上の「手土産」とした。

今回の発表記事でも、男性を「人道主義の原則に従って寛大に許してやる」などと言っているが、北朝鮮がこれをテコに、日本に何か言ってくる可能性は十分にある。ただ、北朝鮮の最近の対日論調を見る限り、日朝対話の新たな始まりは、日本にとってそれほど気分の良いものにはならないかもしれない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ステランティス、米ミシガン工場が稼働停止 アルミ生

ワールド

独メルセデス、ネクスペリアの動向注視 短期供給は確

ワールド

政府・日銀が目標共有、協調図り責任あるマクロ運営行

ワールド

訂正北朝鮮が短距離弾道ミサイル発射、5月以来 韓国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中