最新記事

SF映画

2049年によみがえった『ブレードランナー』のディストピア

2017年10月25日(水)16時30分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

荒廃したロサンゼルスの俯瞰ショットには息をのむ Blade Runner 2049

<伝説のSF映画の続編『ブレードランナー2049』が遂に登場。驚異の映像で魅了する新作はオリジナルに優る?>

リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』(82年)は、ジャンルを変革したSF映画の古典だ。それから35年もの歳月を経て登場した続編『ブレードランナー2049』について語るには、オリジナルをめぐる感想の移り変わりについて語らないわけにいかない。

『ブレードランナー』は傑作か? それともポップカルチャーに深い影響を与えたにすぎない映画なのに、セットなどの美術的側面があまりに画期的で、その後の作品で繰り返し模倣されてきたために「名作」と見なされているのか?

いっぱしの映画通を気取っていた10代の頃、すごいのは映像と音楽(街角の巨大なスクリーンに映るゲイシャの顔! ヴァンゲリスの物憂げなサントラ!)だけだと筆者は思った。フィルムノワールの現代的再現を目指したこのサスペンス映画はストーリーが散漫だ、と。

路地裏の追跡シーンや終盤の雨の屋上での場面は印象的だったが、それ以外は退屈、または意味不明だという感情に襲われた。ただし、92年に公開されたディレクターズカット版では、こうした問題の一部は解決されている(ほかにも複数のバージョンがあるが、筆者は全部見るほど熱心なファンではない)。

だが後になって、『ブレードランナー』は『マトリックス』(99年)と同じ、どちらもカルト的傑作の評価にふさわしいと考えるようになった。そして2つの作品は、当時の社会が抱いていた恐怖をぴったりのタイミングで表現した映画でもある。

両作は見る者の心に潜む実存的な不確かさ、テクノロジーへの不安に訴え掛けた。何が現実で、何が作り物か。誰が真の権力者か。私たちが生きている人生とは別の人生が存在するのではないか――。

この2作が、喧伝されるほど深遠な哲学を持つ作品かどうかは問題ではない。重要なのは、それまで誰も目にしたことがない驚きに満ちた映画だったこと、未来世界を大胆かつ鮮やかに描き出したことだ。

そうした基準に照らせば『ブレードランナー2049』は文句なしの名作とは言えない。とはいえ、それなりに素晴らしい。

『ボーダーライン』『メッセージ』などで知られる監督のドゥニ・ビルヌーブは、謎をすっきりと解決したがらないタイプ。オリジナルから30年後を舞台とする『2049』では観客を意図的に惑わすストーリーが展開されるが、その印象はスリルと陰鬱な退屈さの間を揺れ動く。

その一方で伝説的な撮影監督ロジャー・ディーキンスの手になるカメラワークは、軽やかにして堂々たるもの。人間と人造人間のレプリカントが住む荒廃したロサンゼルスの俯瞰ショットには息をのむ。

帰ってきたデッカード

美術監督デニス・ガスナーは前作のハイパー資本主義が支配するディストピアを、核や気候変動による大災害で破壊されたらしい暗黒の世界へと増幅した。2049年のロサンゼルスは濃い霧に覆われ、灰の雨が降り注ぐ廃墟の町。余裕のある人々は既に地球外の植民地へ移住しており、残された者は乏しい資源を争っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ジョージア議会、「スパイ法案」採択 大統領拒否権も

ビジネス

米ホーム・デポ、売上高が予想以上に減少 高額商品が

ワールド

バイデン大統領、対中関税を大幅引き上げ EVや半導

ビジネス

情報BOX:パウエル米FRB議長の発言要旨
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中