最新記事
日本社会

「英語でなくていいんだ!」やさしい日本語でやさしいおもてなし

2017年8月23日(水)15時00分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学・国際教育センター准教授)

NHK放送文化研究所の「日本人の意識」調査によれば、1993~2013年の20年間で、外国人との接触経験は少しずつ増えている。とはいえ、「一緒に働いたことがある」や「挨拶をしたことがある」など比較的軽い付き合いでも、接触経験のある人は19%に過ぎない。日本に入ってくる外国人は増えているにもかかわらず、外国人と付き合ったことのある人は今も決して多いとは言えない。

その背景として、"言葉の問題"がよく挙げられる。日本人にとっては、「外国人=英語」という固定観念がかなり根強い。しかし「生活のための日本語:全国調査」(国立国語研究所)では、日本に住む外国人の61%以上が「簡単な日本語なら話せる」ということが分かった。これは英語を話せる人より多い。つまり、日本で外国人と話すときに一番通じるのは日本語なのかもしれない。

長期滞在の予定で日本に来る外国人にはさまざまな悩みがある。とりわけ留学生の定番の悩みとして、コミュニケーション問題がよく挙げられる。「友達を作ろうとするが、なかなかできなくて困っている」「友達ができても、何だか冷たい感じがする」「地域の人となかなか交流できない(またはしにくい)」などと日本人の内気な気質に阻まれ、結果的に留学生の孤立化を招いてしまうケースが少なくない。

留学生にとっては授業だけでなく、日本人学生や地域の人たちとの交流、そこで出会う多様な価値観から学ぶものも大きい。しかし、日本では社会全体の内向き志向ゆえ、外国人とのコミュニケーションへのインセンティブが乏しい。つまり、日本人は「コミュニケーションをしたがらないのではなく、コミュニケーションをしたくてもしにくい現実がある」と言えよう。

【参考記事】地方都市のスナックから「日本文明論」が生まれる理由

多文化共生社会の実現へのヒント

「まずは日本語、できるかぎり相手言語、最終手段として英語。脱英語依存から世界の別の姿が見えてくる」――これは最近出た『節英のすすめ』(木村護郎クリストフ著)の一節。「英語ができなきゃダメの脅迫観念から自由になり、節度をもって英語を使おう」と、脱英語依存を勧めている。

知らない文化圏の人に「何語で話しかけるか」が問題なのか、それとも「話しかけてみよう」という心得を芽生えさせることが重要なのか。こうした「言葉のハードル」への過剰な意識がある日本で、心理面での負担を軽くする方法として期待を集めているのが「やさしい日本語」によるコミュニケーションである。

同じ方法は「シンプル英語」「シンプルフランス語」として、イギリスやフランスなど移民の多い社会で多文化共生の実現のために活用されている。「やさしい日本語」は外国人のために開発されたように捉えられがちだが、日本人の内気志向の改善やコミュニケーション能力の向上など、多くの効果を社会にもたらす可能性を秘めている。

外国人なら一度や二度は経験があると思うが、日本人は相手が外国人だと認識すると英語で話しかけてくる。私自身、日本に住んで22年が経つ今も、日本語で話しかけているのに英語で返されることが頻繁にある。これからの日本で大事になるのは、外国人に日本語で話すことではないか。日本と世界のつながりの輪を広げる「やさしい日本語」の神通力に期待する。


almomen-shot.jpg【執筆者】アルモーメン・アブドーラ

エジプト・カイロ生まれ。東海大学・国際教育センター准教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02~03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03~08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会」などがある。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

ニューズウィーク日本版 ジョン・レノン暗殺の真実
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月16日号(12月9日発売)は「ジョン・レノン暗殺の真実」特集。衝撃の事件から45年、暗殺犯が日本人ジャーナリストに語った「真相」 文・青木冨貴子

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日米が共同飛行訓練、10日に日本海で 米軍のB52

ワールド

「トランプ・ゴールドカード」正式始動、100万ドル

ビジネス

伊当局、スウォッチとシチズンを調査 価格競争制限の

ワールド

豪11月就業者数は予想外の減少、9カ月ぶりマイナス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎の物体」の姿にSNS震撼...驚くべき「正体」とは?
  • 4
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 5
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 9
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 10
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中