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いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

鍋をかぶった小さなデモ隊──マニラのスラムにて

2017年4月27日(木)17時45分
いとうせいこう

集まり始めるお母さんたち(スマホ撮影)

<「国境なき医師団」(MSF)を取材する いとうせいこうさんは、ハイチ、ギリシャで現場の声を聞き、今度はマニラを訪れた>

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大騒ぎの弾幕

同日(11月24日)、同じバランガイの奥の広場で『ノイズ・バラージュ』があった。大騒ぎの弾幕、という意味のパフォーマンスである。

もともと、スラムの別地区にあるリカーン(現地援助団体)の本部で俺は予定の書かれた白板にその『NOISE BARRAGE』という文字がくっきり記されてあるのに興味を持っていたし、是非見に行きたいとプロジェクト・コーディネーターのホープ・バシアオ-アベッラに頼んでいたから、その日の取材自体の最大の眼目がその行動だったはずだ。

2回目の啓蒙活動を終えた通称リナ、そしてジュニーたちは並んでいたプラスチック椅子を素早く、バランガイの女性たちとともに片づけた。開いた空間にたくさんの子供たちが流れ込み、コンクリートの上で遊び出した。男の子も女の子も一緒で年齢も様々だった。走ったり蹴りあったり、中には女の子の髪の毛を引っ張る男の子もいて、回りのバラックから飛び出してきたすぐ母親にこっぴどく叱られたりもした。

重ねて言うけれど、俺の子供時代、昭和三十年代の東京の雰囲気がそこにはあった。当時、どこの路地にも子供がいて遊んでいた。逆に考えれば、今の日本にいかに子供がいないかだ、と俺は痛感した。ベビーカーを嫌がったり、車内の子供の泣き声に顔をしかめたりする大人が多くなってしまったのは、そもそも子供の存在に慣れている日常を失ったからなのだと俺は思った。

しばしバランガイの子供たちを見ているうち、がらんとした広場に不思議な女性があらわれるのに気づいた。頭に鍋をかぶっている。年齢は三十代半ばくらいだろうか。

ジュニーがその女性に親しげに声をかけるのを見て、俺はそれが『ノイズ・バラージュ』の参加者だとわかった。彼女の他にもやはり女性がぶらぶらと集まり、手に手に鍋やらしゃもじやらフタやらを持っていた。中には白髪の六十代ほどの女性もいた。

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集まる集まる

参加者が三十人ほどに膨れ上がると、メッセージの書かれた黄色い紙を何枚か持つ人もあらわれた。タガログ語がアルファベットで書かれていたり、英語で「ファミリープラニングをしましょう!」とあったりした。みながやがやと明るくしゃべりあっている。

やがてリナが拡声器を持って、彼女たちの前に立った。そしておそらく上記のメッセージをタガログ語で呼びかけた。すると女性たちは最初は恥ずかしげに、しかし次第に熱を帯びた調子で鍋をしゃもじで叩き、フタ同士をぶつけてノイズを出し、同時にリナに唱和して「ファミリープラニングをしましょう!」という意味だろうスローガンを叫び続けた。

誰に向かってというのでもない。だから反対に、おそらくは国会に出かけてとか省庁前でいうこともあるのだろう。まるで予行演習だとも思いながら、しかしその誰に向かってとも言えないデモンストレーションが、人口の密集したバランガイの中の男たちに向けられているのもよくわかったし、自らの意識を高めているのも実感出来た。

デモへの距離が近い、というのだろうか。彼らフィリピン人はかつて民衆の力でマルコス政権を倒した過去を持っており、それがひとつの習慣のようである事実を俺は見たわけだった。それが現在強権をふるっているドゥテルテ政権下でも行われているのは、見習うべき勇気ある行動だった(このフィリピン人の勇気に関しては、翌日市内で大きなデモと集会があるから、そのリポートの中で書こう)

ともかく、『ノイズ・バラージュ』を続行している女性たちは明るかった。感動して思わずスマホの動画で様子を撮り歩く俺に対して、彼女たらは手を振って笑いかけたり、照れて笑ったり、とにかく笑い声が絶えなかった。動画の中で、俺も思わず笑っている。

また驚いたのは、いつも無口でにこやかなジュニーが大声で唱和し、時には女性たちをリードしていることだった。足でコンクリートを踏み、リズムを取っていたりする。彼もまた明るい活動家であり、人は声を上げて主張すべきだと確信しているのだった。

そういう小さな、しかし足腰のしっかりした社会運動がそこにはあった。スラムはちっともよくならないとも聞いたが、それでも言いたいことは言う。それがマニラっ子たちの心意気というものなのだろうと俺は感じ入った。

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Tシャツをマントにする子(前回話を聞いたイメリン・L・セルナさんの長男)

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