最新記事

欧州

「ドイツによる平和」の時代へ

2016年11月25日(金)10時30分
ポール・ホッケノス(ジャーナリスト)

Fabrizio Bensch-REUTERS

<アメリカの路線転換に困惑するヨーロッパ諸国。ドイツが自由と民主主義擁護の新たな主導者に?>(写真:オバマ後の世界をリードするのはメルケル〔写真左〕なのか)

 ドイツのアンゲラ・メルケル首相は米大統領選の翌日、勝者となったドナルド・トランプへの祝辞を発表した。そのメッセージは、ヨーロッパのほかの首脳とは一線を画している。

 メルケルは追従を言うことも冷たい態度を取ることもなく、ごく冷静な口調で「ドイツとアメリカは共通の価値観で結ばれている」と語った。「民主主義、自由、法の尊重。出自や肌の色、宗教、性別、性的指向、政治的信条を問わないあらゆる人間の尊厳。そうした価値観に基づいた上で、アメリカの次期大統領に緊密な協力を申し出ます」

 これは祝辞の形を借りた説教だとの意見もある。米大統領選中、ひどい言動をした問題児を、巧みな言い回しで叱責した、というわけだ。

 だが、こうした見方は間違っているようだ。ドイツ政府関係者によれば、メルケルにはトランプと対決するつもりも、倫理の守護者を気取るつもりもない。

 では、真意は何か。米独の協力という戦略的提案をすること、協力が実現する条件を示すことだ。メルケルは、アメリカがドイツと、ひいてはヨーロッパ全体と良好な関係を維持する方法は単純だと説いている。欧米の基本的な理念や価値観を守り続ければいいのだ、と。

【参考記事】トランプ氏が英国独立党党首ファラージを駐米大使に指名?ーー漂流する米英「特別関係」

 つまりヨーロッパは今もアメリカと、北大西洋地域をはじめとする各分野で緊密に協調することを重視している。ただし、両者の協調関係は従来路線と懸け離れた形ではあり得ない。

 次期米大統領がトランプに決まった今、ヨーロッパ各国、なかでもドイツは新たな世界像と向き合い、ひたすら困惑している。政界関係者が認めるように、トランプ政権の動きは予想がつかず、最悪に備える必要がある。

「トランプの勝利で、ドイツはブラックホールの入り口に立たされている」と、南ドイツ新聞のシュテファン・ブラウンは言う。「ベルリンの壁の崩壊を上回る影響があるかもしれない」

 ドイツの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネの発行人、ベルトルト・ケーラーはこう警告した。「トランプが公約どおりの外交政策を展開したら......既に不安定な状態にある大西洋同盟、および西側世界の地政学的構造は革命に直面する」

 ドイツとその指導者であるメルケルは今後、ヨーロッパの代表として、第二次大戦以降の世界秩序の基盤となってきた欧米同盟の規範や価値観の擁護者として、国際関係の最前線に立たされることになりそうだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中