最新記事

音楽

67歳のボス、スプリングスティーンが知られざる素顔を語る

2016年10月26日(水)11時00分
カール・ウィルソン

Xavi Torrent-Redferns/GETTY IMAGES

<ブルース・スプリングスティーンが自伝で明かした音楽キャリアと家族と心の闇>(写真:今年5月、バルセロナでライブを行ったスプリングスティーン)

 いわゆるセレブの自伝には、2つの疑問が常に付きまとう。まず、本当に自分で書いたのか。ブルース・スプリングスティーンの『ボーン・トゥ・ラン』(邦訳・早川書房)に限っては、心配なさそうだ。「ボス」の愛称からも分かるように、この男は何もかも自分でコントロールしないと気が済まない。

 そもそも執筆に7年かけたというこの本を、別の誰かが本人になり切って書くのは不可能に近い。鮮やかな風景描写、夢の話、個人的な失敗、人生や政治に関する説教、そして無数の旅の記録......。この本は全79章から成るスプリングスティーンの長大なアルバムでもある。

 2番目の疑問は、一体誰が読みたがるのかだ。ボスも今や67歳。ロックの「古き神々」の中ではまだまだしっかりしているが、おそらく過剰に崇拝されている過去の遺物であることに変わりはない。

 この本も同世代のロックスターの回想と同様のパターンをたどる。つらい子供時代と、エルビス・プレスリーの「お告げ」による救済、ケネディ暗殺、ビートルズによる第2の救い......。

 スプリングスティーンがロック史上、最も恵まれた時代に音楽を始めたことは間違いない。本人も自伝の中で、「生まれたときの状況が今のミュージシャンとは違う」と述べている。

 ただし、スプリングスティーンは単なる遺物ではない。ロックの神々の中で最も自省的な1人であり、思い出話だけでなく、きちんとした分析もできる。

【参考記事】自伝でうつ病を告白したスプリングスティーンの真意

父親との葛藤と鬱に悩む

 この自伝には、確かに耳を傾けるべき内容がある。その1つは、学校のダンスパーティーからヨーロッパのフットボール場でのライブへと続く音楽キャリアとバンドの話だ。スプリングスティーンは高校卒業前から、複数のバンドを組んでいた。

 最近でも、再結成したE・ストリート・バンドと共に4時間のスタジアムライブを敢行したばかり。人間離れしたエネルギーを発散しながら、ボスは70代に突入しようとしている。

 スターの座を手に入れるには野心と才能の両方が必要だが、スプリングスティーンの場合、才能それ自体が強烈な渇望と頑固さの産物なのかもしれない。

 では、強烈な衝動の原点はどこにあるのか。スプリングスティーンの父の飲酒癖と気難しい性格、そして息子の音楽活動への反対は、熱狂的な信者以外にもよく知られている。

「自分の曲の中で、父を100%公正に扱ってきたとは言えない」と、スプリングスティーンは自伝に書いている。「わが子に無関心で尊大な親の典型として描いてきた......実際の関係はそれよりずっと複雑だ」

 父親は遺伝性の精神疾患に心をむしばまれ、生涯を通じて母親を苦しめた。この本で最も感動的な章の1つは自身が家庭人となったボスが、老いた父親の奇矯で危険な振る舞いに手を焼きながら、平穏な関係と和解を模索するくだりだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス

ビジネス

ECB、年内に複数回利下げの公算=ベルギー中銀総裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中