最新記事

科学

電気ショックで算数嫌いを治せ

微弱な電気的刺激を脳に与えると計算能力が向上するという驚きの発見

2013年9月6日(金)14時48分
ファイン・グリーンウッド

将来有望? 「軽頭蓋ランダムノイズ」のショックは微弱だが効果的 Bigstock

 計算は苦手、どう頑張っても駄目。これって、きっと生まれつきなんだ。そう思って諦めているあなた、降参するのはまだ早い。

 イギリスで行われたある実験で、被験者の脳に微弱な電気ショックを与えたら暗算や記憶の能力に改善が見られたという。しかも、結構その効果は持続するらしい。

 アメリカ科学振興協会(AAAS)のニュースサイトであるユーレクアラートによると、英オックスフォード大学の研究者ロイ・コーエン・カドシュは「わずか5日間の認知力訓練と無痛かつ非侵襲的(人体に傷をつけない)な脳刺激により、認知に関わる脳機能の持続的な改善をもたらすことに成功した」という(論文の初出は学術誌カレント・バイオロジー)。

 実験に参加した被験者25人のうち、半数の13人には脳に無作為な電気的な刺激を与え、掛け算や引き算などの単純な問題を解かせた。一般に、5人に1人はこうした暗算に困難を感じているとされる。

 その結果、電気的な刺激を受けた被験者のほうが、受けなかった被験者より明らかに正答率が高かったという。「計算の成績も機械的な丸暗記の成績も、わずか5日間で向上していた。しかも計算力の改善効果は実験の6カ月後まで維持されていた」。カドシュはBBCの取材にそう答えている。

 彼はまた、神経画像診断検査の結果、脳の刺激を受けた部分は、他の部分に比べて酸素の消費も栄養分の消費も活発になっていたと話している。

 6カ月後、カドシュは実験に参加した被験者13人に再び集まってもらい、同様なテストを受けさせた。すると、6カ月前に脳への刺激を受けた6人は、計算力のテストで対照群の被験者よりも平均して28%速く正しい答えを出せたという。小規模な実験ではあるが、電気的な刺激の効果が長く持続することの証しといえるかもしれない。

リハビリにも効果的?

 もちろん、映画『カッコーの巣の上で』の主人公が精神科病院で受けさせられたような恐怖の電気ショック療法ではない。今回の実験で使った電気的刺激は非常に微弱なものだ。

 この「経頭蓋ランダムノイズ刺激」と呼ばれる方法は刺激があまりにも微弱なため、「被験者が『ちゃんとスイッチ入ってますか?』と聞くほどだった」と、カドシュはネイチャー誌に語っている。

 とはいえ、このような電極刺激装置が近い将来に教育現場に導入されることはないだろう。この技術はまだ新しく、さらなる研究が必要だからだ。

 米テレビ局CBSの番組に出演した認知神経科学者のダニエル・アンサリは「実に興味深い発見だ」とコメントしつつ、カドシュの用いた訓練法は「すぐれて独創的なもので、計算の技能習得に使われる在来の方法とは似ても似つかない」ものだと説明していた。

 学習障害のある人や、脳卒中などによる神経障害に苦しむ人にとっては、機能回復が期待できる朗報と言えるかもしれない。そして、絶望的な数学恐怖症の学生たちにとっても。

 カドシュはネイチャー誌にこう語っている。

「自分は算数が苦手で、それは一生変わらないと信じ込んでいる人もいるようだ。けれど、(今回のささやかな実験結果が正しければ)そう悲観したものでもなさそうだ」

[2013年6月25日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

OECD、世界経済見通し引き上げ 日本は今年0.5

ワールド

ロシア製造業PMI、4月は54.3 3カ月ぶり低水

ビジネス

午後3時のドルは155円半ば、早朝急落後も介入警戒

ビジネス

日経平均は小幅続落、連休前でポジション調整 底堅さ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中