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反ウォール街デモを「予見」していた新刊

Third World America

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 アメリカの中流層は、この国の創造と経済の成功を担い、民主主義の礎だった。それが今、大変な速さで消えている。同時に、アメリカン・ドリームの中心にある考え方も消えている。まじめに一生懸命働けば、子どもたちは私たちより幸せになるチャンスをつかめる、私たちが前の世代より幸せになるチャンスを手にしたように......。そんな希望は抱きにくくなった。

 アメリカが危険な道を歩みはじめたことを何より明確に示すのは、中流層の哀れな状況だ。中流層が栄えているかぎり、アメリカが第三世界の国に転落することはない。しかし、いま歩んでいる道は違う。アメリカの中流層を「絶滅危惧種」と呼んでも誇張ではない。


 事態の深刻さを明快で恐ろしい表現に要約したのが、ハーバード大学ロースクール教授で、不良資産救済プログラム(TARP)を監督する議会監視パネルの初代委員長をつとめたエリザベス・ウォーレンだ。

「アメリカ人の5人に1人が失業中か不完全雇用の状態にある。9世帯に1世帯がクレジットカードの最低支払額を払えない。住宅ローンの8分の1が延滞か差し押さえ、アメリカ人の8人に1人が低所得者向けのフードスタンプを支給されている。毎月12万以上の世帯が破産し、金融危機によって5兆ドルもの年金や投資が消えた」


 2010年4月、ゴールドマン・サックスが証券詐欺の疑いで提訴された。それだけで大きなニュースだった。

 しかしこの事件ではるかに重要なのは、金融と政治のエリートが過去30年にアメリカに対してやったことに光が当てられたことだ。彼らは中流層を「窒息」させたのだ。

 勤勉に働き、ルールを守っていれば、ささやかな豊かさと安定を手に入れられる──アメリカ人はそんなアメリカ的な考え方に浸りきっていた。その一方でウォール街は、中流層の持つ富が超富裕層のもとへ流れ込むよう手はずを整えていた。

 中流層は消滅に向かい、経済的・社会的な流動性は大きく減った。こうしてアメリカの民主主義の根幹が揺らぎはじめた。


 こんな状況でありながら、ワシントンに切迫感がないのはなぜか。

 その答えは、ノースイースタン大学労働市場研究センターが行った調査に見つけられそうだ。世帯収入ごとの失業率を算出したもので、驚くべき結果が出ている。2009年の10〜12月期に、年収が15万ドル以上だった層の失業率はわずか3%だった。これが中所得層では9%となり、全米平均に近づく。そして所得が下から10%の層では、失業率が実に31%に達していた。

 もし所得の上位10%の失業率が31%だったとしたら、ワシントンの切迫感は今と変わらないだろうか。もちろんそんなことはない。国家的な非常事態だという意識が高まり、大警報が鳴り響くだろう。

 ところが、いまワシントンがとっているのは「バンドエイド型政策」とでも呼ぶべきものだ。社会の成り立ちそのものまで変える危機が訪れているのに、臆病な応急処置しか施していない。


 カリフォルニア州ランチョコルドバに住むロン・ベドナーとメリー・マッカーニンは仲のいい夫婦だったが、2010年に離婚した。関係が悪化したためではなく、そうしないと生活が成り立たなかったのだ。

 療養生活が続いたために職を失って家計が逼迫し、銀行には300ドルしか残っていなかった。離婚手続きをすることでマッカーニンには、1989年に他界した最初の夫の妻としての年金を受け取る資格が生まれる。「その週、その週、綱渡りの暮らし」と彼女は言う。

 悲しいことに、こうした物語がアメリカには無数にある。これらの物語は語ってほしいと声をあげている。


 カリフォルニア大学バークレー校の教授アナンヤ・ロイは、今のアメリカが抱える混乱は金融危機というよりも「優先順位の危機」だと指摘する。バーニー・フランク下院議員は、イラクとアフガニスタンで使った予算を見れば、「国の経済を立て直し、国民のためにしかるべきことをするために1兆ドルを使えた」と言う。

 正気を取り戻し、ゆがみきった優先順位を正さなくては、アメリカは超大国の座を滑り落ち、第三世界の国になりかねない。

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