コラム

安保法施行で日本は「専守防衛を転換」したのか

2016年03月29日(火)16時12分
安保法施行で日本は「専守防衛を転換」したのか

安保関連法が施行された3月29日、新聞各紙は一面で大きく取り上げたが、「専守防衛を転換」と大きく見出しを打った朝日新聞の論じ方ははたして正しいのか

 2016年3月29日、昨年の9月に国会で採択された安保関連法(「平和安全法制整備法」と「国際平和支援法」の2本の法律により構成される)が施行されることになった。この日の新聞各紙の朝刊では、これについて一面で大きくとりあげており、その意義と意味について論じている。しかしながら、法案が国会を通過した昨年9月にそうであったように、全国紙においては朝日新聞と毎日新聞は批判的あるいは懐疑的な論調であり、他方で読売新聞、日本経済新聞、産経新聞は肯定的な論調である。

 どのような新聞を読むかによって、同じ法律の施行について対極的な印象を持つことは必ずしも悪いことではない。賛成派と反対派に分かれるということは、政治の多くの争点でそうであるように、自然なことであろう。だが、重要なのは、「安保関連法」がいったいなにものであるのか、実体を適切に理解することである。

 朝日新聞の一面では、「専守防衛を転換」と大きな見出しが記されている。紙面では、「戦後日本が維持してきた『専守防衛』の政策を大きく転換した」と論じている。これは、はたして正しい論評であるのか。大きな疑問が残る。

【参考記事】安保法案成立後の理性的な議論のために

戦後一貫して集団的自衛権を保有することを容認してきた

 武力紛争が生じたときに、一般的に、「攻撃」と「防衛」に分かれていることはいうまでもない。国連憲章において、武力行使については厳しい規定がある。まず、第2条4項では、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と記されている。すなわち、許される「武力の行使」とは、「国際連合の目的と両立」するものだけなのだ。

 それでは、「国際連合の目的と両立」する「武力の行使」とは何か。それには二つある。第一は、国連憲章51条に記されている自衛権に関するものであり、そして第二は憲章42条の「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略に関する行動」に対抗するための「軍事的措置」の規定、すなわち集団安全保障に関するものである。

 安保関連法に関する政府答弁では、一般的に政府は、後者の集団安全保障については機雷除去などの一部の例外を除いて日本国憲法上参加ができないとしている。他方、安保関連法では、自衛隊法などを改正して、集団的自衛権に関する武力の行使を一部限定的に容認している。

 この集団的自衛権についての政府の立場は、国連憲章51条で認められた国際法上の権利の行使について規定したものであることを留意すべきである。国連憲章51条では、「個別的又は集団的自衛の固有の権利」を行使することが容認されている。ここで誤解してはならないのは、この国連憲章の条文に基づいて、これまで内閣法制局もまた、日本は集団的自衛権を保有するという政府見解を示してきたことだ。したがって、日本では「戦後一貫して集団的自衛権が認められていない」と論じることは、誤りである。日本国政府は、内閣法制局の見解に基づいて、戦後一貫して集団的自衛権を保有することを容認してきたのだ。ところが、1981年以降は、政府見解として内閣法制局は、集団的自衛権を「保有」はしているが、「行使」はできない、というきわめて分かりにくく、矛盾をはらんだ論理を示すようになった。

 まず何よりも、戦後日本国政府は一度たりとも、集団的自衛権の保有が認められない、とは論じていないという事実を理解する必要がある。でなければ、そもそも日米安保条約自体が、違憲となってしまうのだ。

【参考記事】「対話と交渉」のみで北朝鮮のミサイル発射は止められるのか

 日米安保条約ではその前文で、「国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認している」と記して、さらに「これらの権利の行使として、日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する」と書かれている。もしも、集団的自衛権という「権利の行使」が憲法上認められないというならば、そもそも日米安保条約を違憲として、廃棄することを主張しなければならない。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

ニュース速報

ビジネス

米国株式市場は反落、金融株の勢い止まる

ビジネス

ドル下落、雇用統計受け利上げペースに疑問=NY市場

ビジネス

トランプ氏が雇用創出諮問委、委員に米主要企業のトッ

ワールド

ロシアの原油生産が記録的水準、約束の減産控え

MAGAZINE

特集:トランプ時代の国際情勢

2016-12・ 6号(11/29発売)

トランプ次期米大統領が導く「新秩序」は世界を新たな繁栄に導くのか、混乱に陥れるのか

人気ランキング

  • 1

    内モンゴル自治区の民主化団体が東京で連帯組織を結成した理由

  • 2

    イギリス空軍、日本派遣の戦闘機を南シナ海へ 20年には空母も

  • 3

    東京は泊まりやすい? 一番の不満は「値段」じゃなかった

  • 4

    プーチン年次教書「世界の中心で影響力」を発揮する

  • 5

    「3.9+5.1=9.0」が、どうして減点になるのか?

  • 6

    トランプの外交政策は孤立主義か拡張主義か

  • 7

    百田尚樹氏の発言は本当に”ヘイトスピーチ”なのか?…

  • 8

    イタリア政府、憲法改正国民投票を12月4日実施 首相…

  • 9

    新卒採用で人生が決まる、日本は「希望格差」の国

  • 10

    タイ新国王が即位しても政情不安は解消されない

  • 1

    「3.9+5.1=9.0」が、どうして減点になるのか?

  • 2

    スラバヤ沖海戦で沈没の連合軍軍艦が消えた 海底から資源業者が勝手に回収か

  • 3

    悪名高き軍がミャンマーで復活

  • 4

    新卒採用で人生が決まる、日本は「希望格差」の国

  • 5

    トランプも南シナ海の「主導権」追求へ 中国政府系…

  • 6

    バルト3国発、第3次大戦を画策するプーチン──その時…

  • 7

    偽ニュース問題、米大統領選は始まりに過ぎない?

  • 8

    東京は泊まりやすい? 一番の不満は「値段」じゃな…

  • 9

    「ドイツ版CIA」の情報部員はISISのスパイだ…

  • 10

    イタリア政府、憲法改正国民投票を12月4日実施 首相…

  • 1

    トランプファミリーの異常な「セレブ」生活

  • 2

    68年ぶりの超特大スーパームーン、11月14日に:気になる大地震との関連性

  • 3

    「トランプ勝利」世界に広がる驚き、嘆き、叫び

  • 4

    注目は午前10時のフロリダ、米大統領選の結果は何時…

  • 5

    トランプに熱狂する白人労働階級「ヒルビリー」の真実

  • 6

    米大統領選、クリントンはまだ勝つ可能性がある──専…

  • 7

    トランプ勝利で日本はどうなる? 安保政策は発言通…

  • 8

    【敗戦の辞】トランプに完敗したメディアの「驕り」

  • 9

    まさかの逆転劇 トランプの支持率、クリントンを僅…

  • 10

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「五輪に向けて…外国人の本音を聞く」
リクルート
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

『ハリー・ポッター』魔法と冒険の20年

絶賛発売中!