歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイドを許さない
German chancellor’s rebuke of Israel marks a shift in state policy that has long put such criticism out of bounds

戦後のドイツ首相として初めてイスラエルの戦争を批判したメルツ(7月9日、ベルリン)
<ドイツのメルツ首相が公にイスラエルのガザ攻撃を批判する発言を行ったことは、戦後ドイツの倫理観を狂わせてきた矛盾を正す第一歩か>
ドイツのフリードリヒ・メルツ首相は2025年5月下旬、ドイツの首相としては前例のないことを行った。率直かつ疑う余地のない言葉で公にイスラエルを批判したのだ。
「イスラエル軍が現在、ガザで行っていることの目的が私には理解できない」と、彼はテレビのインタビューで語った。ガザの住民をこれほどまで苦しめることは、『(ハマスという)テロとの戦い』という文脈では正当化できない」。
その翌日、フィンランドで開かれた北欧諸国首相との首脳会談で、メルツはさらに発言した。イスラエルの空爆作戦と食糧やその他の物資のガザへの搬入を阻止している点に言及し、「私は、ガザで起きていることについて、非常に、非常に批判的な見方をしている」と語った。
ドイツ政府内で発言したのはメルツだけではない。 ヨハン・ワデフール外相も議論に加わり、反ユダヤ主義を許さないドイツのスタンスと、イスラエルの生存権を「全面的に支持」するドイツの姿勢を、「いまガザで繰り広げられている紛争や戦争に利用されてはならない」と指摘した。
イスラエルの安全への誓い
2023年10月7日、ガザのイスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲して1200人近くを殺害した直後からイスラエルによるガザへの報復攻撃が始まってから、ガザの犠牲者が数万人に達しなお増え続けることに対し、世界各国からイスラエルを批判する声が上がっている。当初はパレスチナ支持が多いグローバルサウスの国々などに限られていたその声は、西側諸国にも広まった。
それでも、ショアー(ユダヤ大量大虐殺、ヘブライ語で「ホロコースト」を意味する)の研究者である私は、ドイツからのこの非難が特別に衝撃的であることを知っている。戦後ドイツは、長年にわたってイスラエルの安全保障を自らの義務としてきた。
それは、ナチス・ドイツが行ったヨーロッパのユダヤ人を絶滅させる計画の歴史的責任に根ざしている。1952年にドイツ連邦共和国の初代首相コンラート・アデナウアーと現代における初めてのユダヤ人国家イスラエルの初代首相ダビド・ベングリオンの間で賠償協定「ルクセンブルク協定」を締結。
以来、ドイツ政府はナチスがユダヤ人にもたらした甚大な被害をユダヤ人国家に賠償する立場を堅持し、ことあるごとに再確認してきた。
2008年、アンゲラ・メルケル首相(当時)は、イスラエルの安全を保障する取り組みをドイツの「国家理性」とまで呼んだ。2008年3月18日、メルケルはイスラエルの議会クネセトで行った演説で、「ドイツの歴史における道徳的大惨事に対する永続的な責任を認めてこそ、人道的に未来を切り開くことができる」と強調した。
そして、ドイツの「歴史的責任」は「わが国の存在意義の一部」であると主張した。「イスラエルの安全保障は、ドイツ首相である私にとって、決して交渉の余地はない」
「国家理性」と憲法の衝突
イスラエルの安全はドイツの「シュターツレーゾン(Staatsräson=国家理性)」であるという主張は、メルケルの後継者であるオラフ・ショルツがハマスの奇襲攻撃から10日後の2023年10月17日にイスラエルを訪問した際にも繰り返された。ショルツの隣に立ったイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、ハマスを「新たなナチス」と呼んだ。
著名な歴史学者エンツォ・トラヴェルソは最近、「国家理性」という言葉の起源と歴史をさかのぼり、最近こう指摘している。国家理性の理論家や実践者たちは、国家理性とは、国家が存続や安全保障など最優先の利益を守るために、ときに自国の倫理原則を犠牲にする概念だという点で一致している。
ドイツが「シュターツレーゾン」という言葉まで持ち出し、イスラエルの安全保障を最優先するときの問題は、それがドイツの憲法にうたわれた基本的な倫理原則と矛盾しかねない点にある。ドイツ憲法第1条は、ドイツ国民が「すべての共同体、平和、そして世界の正義の基礎として、不可侵かつ譲ることのできない人権を認める」と定めている。
こうした憲法上の原則は、ナチス政権下での恐るべき人権侵害の認識と、メルケルが述べた「永遠の責任」の自覚から生まれたものだ。
ドイツの公共の言説や学校教育において、ショアーは常に「唯一無二」の出来事と語られてきた。
だが、ジェノサイドおよびホロコースト研究者でイスラエル系アメリカ人のオマー・バルトフは、この主張もまた批判の余地があると論じている。
「ドイツがホロコーストの唯一性にこだわり、そこからイスラエルに対する強い責任感を有していることは、ドイツを道徳的に極めて疑わしい立場に追い込んできたともいえる。
ドイツは長年、自国の過去の植民地犯罪(20世紀初頭にナミビアで行った虐殺行為))を否認し続け、さらに現在進行中のガザの破壊におけるイスラエルの責任----数万人のパレスチナ市民の殺害や飢餓を含む----を否認する立場にも陥っているのだ。」
さらに、ドイツがショアの唯一性に強く固執することは、ナクバ(イスラエル建国の前後に約80万人のパレスチナ人が暴力によって追放された出来事)を認める余地をほとんど残さない。
そしてそれはまた、バルトフが強調するように、ショアとナクバという二つの大惨事が「切っても切り離せないほど絡み合っている」という認識を受け入れる余地がないことを意味する。
イスラエル批判は反ユダヤ主義?
ショアーへの責任とその特別性に対するドイツのコミットメントの結果として、ドイツには世界でも最も厳しい反ユダヤ主義対策の法律が存在する。しかし批判者たちは、そこでは反ユダヤ主義とイスラエル批判がしばしば混同されているとも指摘する。
ドイツはアメリカ同様、アメリカ人弁護士ケネス・スターンが2004年に策定し、2016年に国際ホロコースト記憶同盟が採用した反ユダヤ主義の定義を受け入れている。その定義には反ユダヤ主義の例が11挙げられており、そのうち7つはイスラエルに関連するものだ。
この定義は曖昧すぎるとして批判されており、現在のガザでの戦争に反対することにすべて「反ユダヤ主義者」のレッテルが貼られる事態を招いている。
自らをシオニストと称するスターン自身も、自身の定義が学問の自由やイスラエルという国家の行動への批判を抑圧するために悪用されていることを痛烈に批判している。
保守系ドイツ紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングへの寄稿で、イスラエル人の法学者イタマール・マンは、ドイツには「新たな反ユダヤ主義の定義が必要だ」と訴えた。
彼はドイツの左派政党ディー・リンケが最近採用した、最近作られた反ユダヤ主義の定義を称賛した。エルサレム宣言と呼ばれるこの宣言は2021年に350人以上の著名な学者(多くがユダヤ人)によって策定され、ナショナリズムの一形態としてのシオニズムを批判・反対する政治的発言を「反ユダヤ主義」とは見なさないと明言している。
マンはドイツ政府に対し、「現在のイスラエル政府を否定し、すべてのユダヤ人がイスラエルを批判することを可能にする語彙を守り、保護する政策を実行すべきだ」と呼びかけている。
歴史的転換か?
メルツの最近の発言は、ドイツの「シュターツレーゾン」と、それがドイツの歴史的負債やイスラエル、そして反ユダヤ主義との向き合い方について微妙だが確かな変化を示している可能性がある。
そしてそれは、中東政治研究者レナ・オーバーマイヤーの言葉を借りれば、「パレスチナ人と進歩的なユダヤ人に大きな不利益をもたらし、イスラエルが甚大な国際法違反を問われた際の隠れ蓑になってきた」シュターツレーゾンからの決別に向けた第一歩かもしれない。
ホロコースト研究者としての筆者に言わせれば、それこそが、メルケルが語った「道徳的破局への永遠の責任」を果たす道だろう。
Elisabeth Weber, Professor, University of California, Santa Barbara
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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