コラム

スティグリッツ教授は、本当は安倍首相にどんな提言をしたのか?

2016年03月28日(月)15時39分

経済学の世界的権威であるジョセフ・スティグリッツ教授は、会談で消費増税について消極的な見解を示したが、格差問題によって経済の潜在成長率が鈍化しているという懸念を示した点にこそ注目すべきだ Ana Martinez-REUTERS


〔ここに注目〕長期停滞論

 安倍首相は経済学の世界的権威であるジョセフ・スティグリッツ教授やポール・クルーグマン教授らと相次いで会談を行った。両氏ともに消費増税について消極的な見解を示したことで、市場は増税延期を織り込み始めている。

 今回の会談は、増税延期への布石との見方がもっぱらであり、国内の関心も消費税問題に集中していた。両氏ともにこうした状況をよく理解した上での来日であり、その期待にうまく応えたといってよいだろう。

【参考記事】税制論議をゆがめる安倍政権の「拝外」主義

 だが、実際に安倍首相に提言した内容は、世間一般の認識とはかなりのギャップがあるようだ。特にスティグリッツ氏は、格差問題によって経済の潜在成長力が鈍化しているのではないかとの懸念を示している。氏が相当なリベラル派の学者だという点を割り引いたとしても、その主張には耳を傾ける価値があるだろう。

非公開の会談内容を資料から推測すると

 今回の会談内容は基本的に非公開となっているが、スティグリッツ氏が事前に提示した資料からおおよその内容は推測することができる。

 スティグリッツ氏は、世界経済は長期的な停滞フェーズに入っていると認識している。世界経済が従来と同様の成長を実現できていないという、いわゆる「長期停滞論」は、2013年のIMF(国際通貨基金)総会でサマーズ元財務長官が言及し、その後、バーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長がこれに反論したことで世界的に知られるようになった。スティグリッツ氏も同じ考えを持っているようで、提言も長期停滞論を前提としたものになっている。

【参考記事】高度成長期って何? バブル世代も低成長時代しか知らない

 確かに米国の経済成長トレンドは、リーマンショックをきっかけに大きく変化した可能性がある。図は米国と日本の実質GDPを対数表記したものだが、米国のGDPはリーマンショック以後、成長トレンドに復帰したものの、グラフの傾きが以前より緩やかになっている。この傾向が続くようであれば、80年代から続く米国の成長力は維持できないことになる。

kaya150328-b.jpg

経済停滞の原因は根本的な需要不足

 サマーズ氏は、先進国は過剰な設備や貯蓄を抱えており、これを十分に生かすための投資機会が存在しないと主張している。また、この変化は以前から始まっていたものであり、リーマンショックはこれを顕在化しただけに過ぎないという。サマーズ氏は、こうした状況に対する処方箋として、公共インフラ投資や規制緩和など総合的な政策パッケージが必要と主張している。

 スティグリッツ氏の場合はもう少し深刻である。所得格差が拡大したために、構造的に消費が増えない状態になったことが長期停滞の根本原因だとしている。つまり完全な需要不足である。

 富の偏在化が行き過ぎると、所得が高い人はそれ以上の消費をしなくなり、所得が減少した人は、生活が苦しくなって、モノが欲しくても消費することができない。その結果、全体としてますます消費が減るという悪循環に陥ってしまう。

 これに加えてスティグリッツ氏は興味深い指摘をしている。新しい経済構造においては、以前ほど資本集約的ではなくなり、社会全体で必要な投資額は減少する可能性があるという。これはAirbnbやUBERなどに代表されるシェアリング・エコノミーのことを指していると考えられる。

【参考記事】だから、もう「お金」は必要ない

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、アイオワ州訪問 建国250周年式典開始

ビジネス

米ステーブルコイン、世界決済システムを不安定化させ

ビジネス

オリックス、米ヒルコトレーディングを子会社化 約1

ビジネス

米テスラ、6月ドイツ販売台数は6カ月連続減少
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story