最新記事

人種差別

オランダで家畜処分を禁ずるユダヤ差別再び

何百年も戒律を守ってきた厳格なユダヤ教徒とイスラム教徒は、肉を食べないかオランダを去るしかなくなる

2011年6月30日(木)15時36分

儀式か虐待か イランの首都テヘランでイスラムの伝統に従って殺された羊 Caren Firouz-Reuters

 オランダ議会下院は6月28日、イスラム教やユダヤ教の戒律に基づく食肉処理を禁じる法案を可決した。この法案では、気絶させたり麻酔で眠らせていない家畜の食肉処理を禁止する。そのため、意識のある家畜を食肉処理するイスラム教の「ハラール」やユダヤ教の「コーシャ」という処理方法は違法となる。

 法案は動物保護団体としてヨーロッパで初めて議席を獲得した「動物愛護党」によって提出され、下院を116対30の賛成多数で通過。今後、上院で承認されれば法律として施行される。

 これに対してユダヤ教徒とイスラム教徒は珍しく団結し、信仰の自由を侵害する行為だと非難している。法律が成立して施行されれば、何百年も戒律を守って食肉処理を行ってきた厳格なユダヤ教徒とイスラム教徒は、食肉を輸入するか肉をまったく食べなくなるか、オランダを去るしかなくなるだろう。

 オランダ国内にはトルコやモロッコなどから移住してきた約100万人のイスラム教徒と、4〜5万人のユダヤ教徒が暮らす。オランダは伝統的に信仰の自由に寛容な国だ。一方で動物愛護団体の主張にも一理ある。この難しい選択を巡り、国内では何カ月も激しい議論が交わされてきた。

ナチスドイツでも同様の法律が

 厳格なユダヤ教徒やイスラム教徒は今回の法案を、ヨーロッパで広まっている反イスラムの大きな流れの1つだと非難する。フランスで公共の場でのベールの着用が禁止されたことや、スイスでモスクの尖塔の建築が禁止されたのと同じ潮流だという。今回の場合、問題はユダヤ教徒の伝統にも及んだことだ。

 オランダで最高位のラビ(ユダヤ教の宗教指導者)であるビニョミン・ヤコブは、ロイター通信の取材にこう語っている。「第二次大戦を生き延びた人々は、当時ドイツ占領下のオランダで一番最初に施行された法律が、ユダヤ式の食肉処理を禁じるものだったことを覚えいている」

 法案を支持したのは、宗教色のない中道の政党や極右政党の自由党、そして反イスラム政党だ。動物愛護党のマリアンヌ・ティメ党首は、この法案には反宗教的な意味合いはないとする。法案支持派は、家畜を殺生する前に気絶させたり麻酔を打つことで家畜の苦痛が軽減されることが、科学的な研究で裏付けられていると主張する。ヨーロッパや北米では、何十年も前から食肉処理前には家畜を気絶させるよう義務づけているが、宗教的な理由がある場合は例外とされている。

 オランダの法案には抜け穴もあると、ロイターは伝えている。気絶させる手法に比べて家畜の苦痛が大きくないと証明できれば、宗教的な食肉処理も認められるというのだ。ただし証明できるかは不透明。ユダヤ人コミュニティーは、法案提出の論拠となった家畜の苦痛に関する調査研究に疑問を呈している。

 オランダでこの法律が成立すれば、近年ではニュージーランドに続いて2例目となる。豪オーストラリアン紙によれば、スイスや北欧諸国、バルト海沿岸諸国には、第二次大戦前の反ユダヤ主義のなかで制定された同様の禁止令が存在するという。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドルおおむね下落、米景気懸念とFRB

ビジネス

ステーブルコイン普及で自然利子率低下、政策金利に下

ビジネス

米国株式市場=ナスダック下落、与野党協議進展の報で

ビジネス

政策不確実性が最大の懸念、中銀独立やデータ欠如にも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 7
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 8
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中