最新記事

アラブ民主化

戦士エルバラダイ「エジプトの暗黒」を語る

反体制派を指導するIAEA前事務局長が、デモに加わるため死の危険を冒して帰国。その思いの丈

2011年1月28日(金)17時24分
モハメド・エルバラダイ(国際原子力機関[IAEA]前事務局長)

反政府の星 帰国したエルバラダイには、イスラム保守派から「死刑判決」も出ている(1月27日)  Reuters

 エジプトで2カ月前に行われた人民議会選挙はまったくの八百長だった。ホスニ・ムバラク大統領率いる与党が圧勝し、野党が獲得した議席はたった3%だけ。信じられないことだ。

 この結果に「失望した」とアメリカ政府は述べた。正直言って、私はアメリカが「失望した」としか言えなかったことに失望した。エジプト国民の気持ちを言えば、とても失望どころではなかった。

 チュニジアで起きた「ジャスミン革命」に続いてエジプトで反政府デモが拡大するなか、ヒラリー・クリントン米国務長官はエジプト政府は「安定していて」「エジプト国民の正当な要望と関心に応える方法を探している」と語った。これを聞いて私はびっくりしたし、困惑した。彼女は、何をもって「安定している」と言うのか?

 29年間も維持されている非常事態法、30年も強権政治を行っている大統領、形ばかりの議会と独立していない司法制度の存在が「安定している」ということなのか? それを安定などとは呼ばないし、他の国で同じ状態がまかり通ることも絶対にない。エジプトにあるのは偽りの安定だ。本物の安定は、民主的な選挙によって選ばれた政府なしにはありえないのだから。

 これこそが、アメリカが中東で信頼を勝ち得ていない理由だ。エジプトの選挙に対するアメリカの反応に、人々は心から失望している。アメリカは友好国に対してダブルスタンダードで臨み、自分たちの利益にかなうからと独裁政権の味方をしている。人々はそう考えている。私たちは社会の分裂、経済の停滞、政治的な弾圧を目の当たりにしている。だが、あなたたちアメリカ人は何の声も上げてくれない。それはヨーロッパの人々も同じだ。

エジプトにはリベラル派や市場経済派もいる

 エジプト政府は国民の要求に答えられる道を模索している、と言う人には「もう遅すぎる!」と言いたい。これはもう現実主義の政治ですらない。チュニジアで起きたことや、その前にイランで起きたことを見れば、国民が自由な選挙で選んだ政府でない限り安定は得られないと普通は気付く。

 欧米にいるあなた方は、アラブ世界には独裁政治かイスラム教のジハード(聖戦)主義しか選択肢はないと信じ込まされている。それはまったくの間違いだ。エジプトに関して言えば、非宗教的な人、リベラルな人、市場経済を重視する人を含む実に多様な人間が存在する。あなた方がチャンスをくれたら、彼らは現代的で穏健な政府を自らの手で選ぶことだろう。彼らは心から世界の国々に追いつきたいと考えている。

 反体制派のイスラム教徒を国際テロ組織アルカイダと同一視するのでなく、もっとよく見てほしい。歴史を振り返ると、イスラム教は預言者ムハンマドの死後20〜30年ほどで政治的に利用されはじめた。支配者には絶対的な権力があり、神に対してのみ責任を負うと解釈されるようになったのだ。支配者にとっては実に都合のよい解釈だ。

 ほんの数週間前、エジプトの超保守的なイスラム教団体の指導者がファトワ(宗教令)を出した。ホスニ・ムバラク大統領に対する民衆の反感を煽ったことを「懺悔」せよと私に求め、さもなければ支配者には私を殺す権利があると断じるものだった。こうした動きは私たちを暗黒時代へと押しやる。これに対して、エジプト政府が抗議や非難の声を一言でも上げただろうか? ノーだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中、通商分野で歩み寄り 301条調査と港湾使用料

ビジネス

テスラの10月中国販売台数、3年ぶり低水準 シャオ

ビジネス

米給与の伸び鈍化、労働への需要減による可能性 SF

ビジネス

英中銀、ステーブルコイン規制を緩和 短国への投資6
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 6
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 9
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中