最新記事

人種問題

「黒人印」歯磨きが売れる中国の差別度

中国人は罪の意識なし。しかも差別的商売を見て見ぬふりしている親会社はアメリカの大企業だった

2010年12月9日(木)15時01分
アイザック・ストーン・フィッシュ(北京)

アメリカではありえない 米コルゲートは巨大市場の旨みに目が眩んでいるのか? China Photos/Getty Images

 中国を訪れたアメリカ人にとって、現地のスーパーの棚に並ぶ見慣れない商品の中でも最大の驚きは「黒人印」の歯磨き剤だ。パッケージでは、人種差別的な「黒人」ショーを彷彿とさせるシルクハット姿の黒人男性が白い歯を見せて笑っている。

 さらに衝撃的なことに英語圏で「ダーリー」、中国語圏では「黒人牙膏」というブランド名のこの商品を販売しているのは、1933年に香港で創業されたホーリー&ヘーゼル・ケミカル社。米家庭用品大手コルゲート・パルモリーブの子会社だ。

 ダーリーはかつて「ダーキー(黒んぼ)」という名称だった。文化史学者ケリー・シーグレーブの著書によれば、商品誕生のきっかけはホーリー&ヘーゼルの社長のアメリカ旅行。1920年代に黒人を演じて人気を博した白人エンターテイナーのアル・ジョルソンを見て、「この笑顔と白い歯は歯磨き剤の宣伝にぴったりだ」とひらめいたのだという。

 ひらめきは正しかった。ホーリー&ヘーゼルに言わせると、同社は今や中国、香港、台湾、東南アジアの歯磨き剤市場のトップ企業の1つだ。

 コルゲートがホーリー&ヘーゼルの株式の50%を取得したのは85年。アフリカ系アメリカ人団体や宗教団体は人種差別的な商品に反発した。抗議活動は3年以上続き、コルゲートはブランド名を「ダーリー」に変更。黒人男性の図柄も差別的な色合いが少ないものに変えた。

 名称変更を決めた89年、コルゲートの会長はニューヨーク・タイムズ紙にこう語った。「道徳的な観点からして、私たちはパートナー企業の利益に与えるダメージが最も少ない(やり方で)変化しなければならない」

「黒人」という言葉を商標登録?

 だが約20年後の今も、中国語の商品名は変わらないまま。そもそも中国は人種的平等の精神に満ちた国とは言い難い。「中国人」か「非中国人」かという分類しかないこの国では、多くの黒人が差別に直面する。中国在住のあるガーナ人男性は、就職を希望した企業から「あなたは黒人なので採用できません」と告げられたという。

 もっとも中国人にしてみれば、ブランド名の何が問題なのかが分からない。「大半の中国人は『黒人牙膏』が侮蔑的な名称だとは思っていない」と、中国の消費者市場を研究するP・T・ブラックは指摘する。

 中国での報道によれば、ホーリー&ヘーゼルはブランド名と図柄を商標登録しており、先頃よく似た絵と「黒人」という言葉を使ったとして深センの企業2社を提訴した。裁判所は被告側に、30万ドル以上の損害賠償の支払いを命じたという。

 とはいえコルゲートはアメリカの会社。「もっと分別を持つべきだ」と、中国に住むアフリカ系カナダ人のクワメ・ドゥガンは言う。コルゲートは本誌へのコメントを拒否する一方で、「この問題については複数の意見がある」との声明を発表した。

 80年代にコルゲートへの抗議活動を行った「企業責任に関する異宗教間センター」のローラ・ベリー会長の意見は「ブランドを廃止したほうがいい」。その日が来るまで、ダーリー印の白い歯は輝き続けるはずだ。

[2010年12月 8日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀、緩和的金融政策を維持へ 経済リスクに対

ワールド

パキスタン首都で自爆攻撃、12人死亡 北西部の軍学

ビジネス

独ZEW景気期待指数、11月は予想外に低下 現況は

ビジネス

グリーン英中銀委員、賃金減速を歓迎 来年の賃金交渉
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 6
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入…
  • 7
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 8
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中