最新記事

米外交

パキスタンを叱りつける男

アルカイダとタリバンに対する戦いで10年夏までに結果を出そうと奮闘する、ホルブルック米特別代表のブルドーザー外交

2009年9月1日(火)15時24分
エバン・トーマス(ワシントン支局)

ベトナムの教訓 民間人の犠牲は大きな問題だと語るホルブルック(7月22日、イスラマバードで) Faisal Mahmood-Reuters

 時間の止まったような国で、時間に追われて働く男。それが今のリチャード・ホルブルックだ。

 7月22日にパキスタン入りしたホルブルックの肩書は、米オバマ政権のアフガニスタン・パキスタン問題担当特別代表。その任務はアルカイダやタリバンとの戦いに一定の成果をもたらすことであり、核武装した国パキスタンの崩壊を防ぐことだ。

 しかも、期限は来年の夏まで。10年秋の中間選挙までに何らかの成果を出しておかないと、この戦争に対する米国民の支持がしぼんでしまう。そう思うから、ホルブルックは結果を急ぐ。だが急激な変化を嫌うこの地で、その性急さは時に無用な摩擦を招く。

「短気を起こしても、ここの問題は解決できない」と地元ジャーナリストのアハメド・ラシッドは言う。「なのに彼は気が短い」

 あるパキスタン政府高官も同意する。「(ホルブルックは)電話をかけてきても、2分後には『もう切らなくちゃいかん』と言いだす。いつも10個ほどの案件を抱えていて、人と話している最中にも携帯メールを送っている」

 そういう傾向は、側近筋も認めざるを得ない。「確かに彼はパキスタン側をせき立てる。だから彼らに嫌われている」

 今回の任務は、おそらくホルブルックの長い外交人生でも最も困難なもの。持ち前の押しの強さだけでは勝てないかもしれない。だが、こんな重い任務に取り組む懐の深さと知性を兼ね備えた人物がほかにいるとも思えない。

 黄色いパジャマ姿でバナナをかじり、はだしで政府専用機内を歩き回るホルブルックは、エリート外交官のイメージからは程遠い。しかし今の彼には、かつて世界の果ての植民地で王権を代行した総督並みの力がある。

 もちろんホルブルックは多忙を極める。いつどこでも携帯電話で呼び出されるし、8つの米政府機関と連携を図らなければならない。ホワイトハウスに国防総省、財務省、CIA(米中央情報局)、FBI(米連邦捜査局)、国土安全保障省、農務省、それに米国際開発庁(USAID)だ。

オバマとヒラリーを説得

 それでもホルブルックは、関係者を巧みに動かして結果を出す。例えば7月20日に、国防総省がアフガニスタンの刑務所改革に乗り出すと報じられた件。あれは自分の提案だと、ホルブルックは言う。テロ容疑者が獄中に携帯電話を持ち込んでいると聞いたのがきっかけだという。

 またホルブルックは、ケシの栽培を禁止しても貧しい農民を苦しめるだけで、麻薬の密売をなくすことにはならないと判断。これを受けてUSAIDも駐留米軍も方針を転換、今は取り締まりの対象を大物密売人に限っている。

 62年に名門ブラウン大学を卒業したホルブルックは、21歳で国務省に入り、配属先のベトナムでCIAのエドワード・ランズデール大佐に出会う。小説『醜いアメリカ人』に出てくる軍人のモデルになった男で、世界中で傲慢に振る舞っていた当時のアメリカを象徴するような男だった。

 ホルブルックは、そんな先人たちの失敗に学んだ。アベレル・ハリマンはホルブルックの尊敬する人物の1人で、駐ソ大使などを歴任した大物外交官だが、そのハリマンが北ベトナムとの和平工作に失敗するプロセスも、ホルブルックは冷静に見詰めてきた。

 アフガニスタンとベトナムは違うと言いつつも、ホルブルックは度々ベトナムでの経験に言及する。「ベトナムでやけどをしたとは思わないが、苦い教訓を得た」とは思うからだ。

 ホルブルックがベトナムで得た最大の教訓は、住民の心をつかめない軍事的な勝利に意味はないという事実だ。だからアフガニスタンでも、民間人の犠牲が増えるのは「大問題」であり、「この戦争を台無しにしかねない」と考えている。先頃アフガニスタン駐留米軍のスタンリー・マクリスタル司令官と会ったときも、この問題に大部分の時間を費やした。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ステーブルコイン、決済手段となるには当局の監督必要

ワールド

ガザ支援船団、イスラエル封鎖海域付近で船籍不明船が

ビジネス

ECB、資本バッファー削減提案へ 小規模行向け規制

ビジネス

アングル:自民総裁選、調和重視でも日本株動意の可能
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけではない...領空侵犯した意外な国とその目的は?
  • 3
    【クイズ】身長272cm...人類史上、最も身長の高かった男性は「どこの国」出身?
  • 4
    なぜ腕には脂肪がつきやすい? 専門家が教える、引…
  • 5
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 6
    通勤費が高すぎて...「棺桶のような場所」で寝泊まり…
  • 7
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 8
    10代女子を襲う「トンデモ性知識」の波...15歳を装っ…
  • 9
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 10
    アメリカの対中大豆輸出「ゼロ」の衝撃 ──トランプ一…
  • 1
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 9
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 10
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中